魔女の工房

クロ太郎






 コポコポと音を立てる液体。研究に研究を重ね、何度も実験して、ようやくできた組み合わせ。納得がいく組み合わせになるまで費やした手間暇は、もうこの際気にしないことにしましょう。ポタポタと小さな穴から下へ落ちていきガラスの容器へと溜まっていく。黒い黒い液体。むらなく濃く深い色。部屋に香りが充満する。あぁ、満足のいく出来だわ。

 

 ある程度溜まったらコップへと移した。そう、あの人にばれないように、よくあるようなコップへ。そこに液体と粉を混ぜる。これも特別製。簡単には作れないものを努力して用意したの。混ざり合って液体は色を変えた。

 

 ふふ。これで私の魔法は完成。あとは彼に飲ませるだけ。たったそれだけで効果は発動。私に狙われた時点で、もうおしまい。私の掌の上から逃れることなんてできはしないの。さぁ、それとなく、さりげなく彼に飲ませればミッションコンプリート。あまりにも簡単な仕事に笑みがこぼれる。これを飲んだ後の彼の表情が簡単に想像できるわ。

 

           *



「お仕事お疲れ様。疲れたでしょう。暖かい飲み物はいかが?」

「お、ありがとう。この匂い、コーヒー?」

「えぇ、そうよ。うまくできたと思うから、味わって飲んで頂戴」

「じゃあ、いただきます。 ......ぐっ!?」

「うふふっ。効いてきたわね?」

「何をしたっ!?」

「ふふふ。今更聞いたって遅いのよ。けれど教えてあげる。それはね、コーヒーの色、コーヒーの味、コーヒーの香りを完璧に再現した、疲労回復効果抜群で夜もぐっすり眠れる私特性エナジードリンクなのよ! これで仕事で疲れてるあなたも、明日の朝には元気になること間違いなしね!」

「見た目と香りは再現できてても味は再現できてねぇよ! まっず! ただまっずいだけだわこれ!!」

「はぁぁ!? 私が丹精込めて準備したものよ!? 失敗なわけないじゃない!!」

「失敗だわ! 一口飲んでみろ! くっそまずいから!」

「良いわよ飲むわよ! ......まっず!! 何よこれ!?頑張って用意した高いミルクも砂糖も意味ないわねこれ!! プライド折れた! 魔女のプライド折れたわ!! もう工房に帰る!! 今晩は話しかけないでね! ふて寝してるから! それは捨てておいてちょうだい!」



           *



 バタンッ! と大きな音を立てて扉を閉めて出ていった彼女を、視線だけで見送る。中々にあの魔女にぞっこんな俺は、こういう失敗だって、彼女の愛おしい点だと思ってしまう。

 手の中の、コーヒーそっくりの、しかしコーヒーでは無い液体を見て、苦笑いしてから一気に飲み干した。

「やっぱりまずい......」

 なんというか、苦さと甘さと辛さを足して3で割らないで深みで殴ってくる味というか......うん。形容しがたいまずさ。けれど、彼女のことだから効能はばっちりに違いない。明日には元気になっていることだろう。

 少しの間待ってから、静かに席を立って、彼女の部屋――いや、彼女に言わせれば魔女の工房だったか――の扉をそっと小さく開く。中では予想通り、ぐすぐすと半泣きのまま「なんでなのよぅ。実験の段階だと完全にコーヒーだったのに......美味しいコーヒーだったのにぃ。次こそ、次こそは完ぺきなコーヒー擬態エナジードリンクを作ってやるわ......」とぶつぶつ呟きながら分厚い本のページをめくる彼女の姿が。

 俺がコーヒー好きだから、わざわざコーヒーの味にしようとしてくれているのだろう。俺を元気にしてくれようとするのは嬉しいけれど、そんなもの作らなくたって、家で彼女が元気に待ってくれているだけで、一緒に食卓を囲むだけで、お風呂上がりの退屈な時間におしゃべりをするだけで、俺は明日も頑張ろうって元気になれるのに。だけど、俺のために頑張ってくれている姿もうれしいから、無茶しすぎないうちは、知っていても止めないのだ。

 扉を閉めて、邪魔しないようにそっと寝室へ向かう。布団に身を沈めると、ゆっくりと近づいてくる眠気を感じる。きっと心地よい眠りになるだろう。

 明日の朝、きっと「寝坊した!」とか言いながら、目の下にクマをこさえて部屋から出てくるだろう彼女の為に、美味しい朝ご飯を用意してやろうと考えながら、俺は眠りに落ちた。



           *



 魔女の工房の光はまだ消えない。彼のための試行錯誤が終わることはないの。だって、愛しい彼のため、あげるものは完ぺきなものがいいもの。今回は、その、ちょっと失敗したけど、次は大丈夫。......多分ね!













これはうっかり魔女と、その魔女と恋愛をした男の物語

						【完】



さわらび114へ戻る
さわらびへ戻る
戻る