馬鹿と天才は神一重

クロ太郎






※今回は、男が女の子を殴るなど、少し暴力的な内容が含まれています。



~ここまでのあらすじ~

 ゲーム大好き主人公の山田ノアと、その親友である三刀屋(みとや)かんなは、放課後の時間に、久しぶりに学校近くのゲームセンターを訪れた。しかし、そこはいつもの楽しげな声が響く場所ではなく、無法者に占拠され自由に好きなゲームも楽しめなくなってしまったゲーセンだった――

 ノアは、いつものみんなが楽しくゲームができるゲーセンを取り戻すべく、無法者たちにゲームで戦いを挑むのだった。



           *



 ――このゲーセンをかけて、私と勝負だ。

 ノアのその言葉に、何人かの男が反応する。

「調子乗ってんじゃねぇぞ?」

 ノアの言葉がよほど気に入らなかったのか、威圧的な態度で前へ出てきた男。

「――へぇ、面白いじゃん」

 その男の行動を遮ったのは、唯一、この場でゲームの筐体の前の椅子に座っている、フードを被った男だった。

 フードの男の声に、びくり、と体を止めた男が、踏み出した足を、そっと後ろに下げる。

「俺、気の強い女の子って好きだよ。だから、遊んであげる。それに、負けたらお願い通り出てってあげるよ。──だけど、俺らが勝ったら」

 にぃ、と男はフードから見える口元をゆがませた。

「その時は、君たち、出ていくんじゃなくて、俺たちの遊び相手になってよ」

 ねぇ。それでいいでしょ?

 三日月形にゆがんだ口元から、この男が楽しんでいることがわかる。こちらで、遊んでいるのか。

「構わない」

 しかしノアはひるんだ素振りすら見せない。毅然とした態度を崩すことなく、鋭い眼光のまま、男たちを睨みつけている。

「じゃあ、このゲームで三番勝負ね。約束した通り、俺たちが負けたら、このゲーセンを出ていくし二度と来ない。君たちが負けたら、君たちは俺たちの遊び相手になるし、このゲーセンは俺らのもの」

 こつん、とフードの男が自分の目の前のゲームをたたいて示す。

「こっちからは自由にメンバーを選出するけど、いいよね?」

「いいよ」

 即答したノアに、フード男はさらに笑みを深くした。

「じゃあ、始めようか。そっちの席に座って。こっちからは、そうだな。最初はお前が行けよ」

 そう指名されて出てきた男は、室内であるのにサングラスをかけた男だった。周りから「手加減してやれよ~」だの、「負けたらわかってんだろーな!」だの、ヤジが飛んだ。



「ノア、大丈夫?」

 ずっと握っていたノアの手が、私の手の中からするりと抜けた。ぎゅっと、握りこぶしを作るその手は、もう震えてはいない。

「安心して。わたし――否。我に敗北など万に一つもあり得はしない。そこで、王(我)の凱旋を待つがよい!」

 振り返ったノアの表情は、余裕に満ちた笑顔で。あぁ、これなら大丈夫。問題ない。怖いけれど無理矢理作っている笑顔とかでなく、いつも(・・・)の笑顔だ。

 向こう側の男どもが、「やば、痛い子ちゃんだ」「まじで? 笑える~」「そうか? 可愛いじゃん」などと言っているが、今のノアにはそんな言葉、聞こえはしない。

 今のノアは、普通の女の子じゃなくて、最強に強い魔王様なのだから。

 すとん。と筐体の前の椅子に座ったノアが、慣れた手つきで画面を操作する。画面横のパッドにスマホをかざせば、ピコン、という音と共に、アカウントの認証が完了した。

 フード男が、座ろうとしたサングラス男の肩を、ポン、と叩いて何かを囁いた。そして、それにこくりと頷くサングラス男。内緒話がしたいなら、見えないとこですればいいのに。

「さぁ。かかってくるがよい。この我が相手をしてやるのだ。感謝にむせび泣いてもよいのだぞ?」

「とか何とか言っちゃって、弱すぎて失望させるなんてこと、しないでねー?」

 周りの奴らと同じように、ニヤニヤとした表情のサングラス男が、席に着いた。

 サングラス男の準備も終わった模様だ。試合開始のカウントダウンをする機械音声が響く。

『3、2、1』

「――それ(・・)、外さぬのか」

『レディー、ファイト!』

ノアが、ポツリ、と呟いたのが聞こえた。



           *



『K.O.!』

「へ?」

「我にかかれば、こんな些事、赤子の腕をひねるがごとく簡単なことよ!」

 一試合目が終わった。結果は、言うまでもない。ノアの圧勝だ。

 最初の出だしが遅れた男のキャラクターに浴びせられた、的確で、無慈悲なコンボ。反撃する間もないK.O.だった。鮮やかなまでの圧倒。制限時間60秒の半分どころか、三分の一にも満たない戦いだった。

 戦いを見守る観衆からパチパチと拍手が上がったが、男どもに睨まれて、しぼんでいった。

「おいてめぇ! なんだってこんなガキに負けてんだ!」

「手、抜いたんじゃないだろうな!?」

「ぬ、抜いてはねぇよ」

「ほんとか!? 女だからって油断したんじゃないだろうな!」

 周りの男が、サングラス男につかみかかる。サングラス男も負けじと言い返すが、その言葉に勢いはあまりない。

 一言も話さないフード男の口元から、ゆがんだ笑みが消え、唖然としたように、ぱかり、とあけられている。

 フード男がサングラス男に囁いた内容は、『最初は遊んでやって、勝てるかもという希望を持たせつつ、制限時間後半で確実に仕留めろ』だったか。ノアを相手に、なんて無駄なことを。わざわざ、此方に一勝を譲るなんて。



「ふっ。次にこの『?黒曜(こくよう)の魔王?』に愚かにも戦いを挑むのはどいつだ?」

 ふんぞり返り、得意満面な笑みで男どもを見るノアの楽しそうなこと、楽しそうなこと。

「おい待て。今、『?黒曜の魔王?』って言ったか?」

「いかにも! 我こそが『?黒曜の魔王?』である!」

「嘘だろ?」「え? 何?」「知らねーのかよ」とざわつき始めた男ども。

「その、『コクヨウノマオウ』って何?」

 フード男が、後ろにいる男に尋ねた。

「その、このガキが本人かどうかは分かりませんが、そのアカウントネームは、このゲームの前回全国大会の優勝者(・・・・・・・・)の名前っす」

「このゲームどころか、他のゲームでも、名前が確認されたゲームでは、ほとんど上位にランクインしてるゲーマー、です」

「――は、?」

 ――何を今更。自分たちの対戦相手が、このゲームの全国区王者(・・・・・)だってこともあるだろう。想定しなかった、其方の不手際だ。

「うむ、うむ! ようやく、自分たちが挑んだものがいかに強大なものであったか、理解したようだな! ならば、次に挑むのはなかなかの手練れであろうな? 言っておったであろう? 「俺たちは強い」と。王を退屈させるないぞ?」

 ノアに勝ちたいのなら、それこそ、全国区で勝ち抜けるようなゲーマーを連れてこなければ、お話にもならない。室内で、それもゲームをするときになっても、色の濃いサングラスをはずさないような人では、どうあがいたって届きはしない。というか、きちんと見えているのだろうか。

 

 フード男の口元が、不機嫌そうに歪められた。

「くそ、なら次はお前が行け。前にレアキャラをゲットしたとか言ってただろ」

「了解っす」

 そういって、次に進み出てきたのは、ガタイのいい男。筐体前の椅子に座り、画面を操作する。ピコン、と表示された相手の操作するキャラクターに、ノアが反応した。

 いぶかしげに、画面に表示された大戦キャラクターを見る。

「そのカード、貴様がきちんとプレイして得たカードか?」

 少し説明をしよう。

 このゲームは、最初から登録されているキャラクターで戦うこともできるが、たまにプレイ後にカードが排出さる。次のプレイ前にそのカードを筐体に通せば、そのカードにプリントされたキャラも新しく操作できるようになるのが売りのゲームだ。

 新しいやりこみ要素、と言えば聞こえはいいけれど。

「あ? 俺がカツアゲして奪ったとでも言いてぇの?」

「それは、ある一定数の勝利回数のあるアカウントの元にしか排出されぬカードだ。我が知っている中でも、数人しか持っておらぬ。......もちろん、貴様が自分の力で正当に得たというのならば、疑ったことへの謝罪をする」

 そう。脅して奪おうとする人が現れるという問題も起きてしまった。そのカードが高額で取引されたりするものだから、会社は対応に当たろうとしているけれど、まだ後手に回っている状態だ。

「ひどいガキだな、疑うなんてよ。これは俺が正当に譲ってもらった(・・・・・・・)カードだぜ。ちょっと壁際でお話ししてよ。だからカツアゲして奪ったわけじゃねぇぜ」

 それを、カツアゲというのではないのか。

 筐体の上のノアの手が、ぎゅっと握りしめられる。

「しかも、このカード強いんだろ? 確か、ゲームの大会じゃ、出禁になったって? いやぁー、いい貰い物したわ~」

 確かに、半年前の大会では、このカードを持った人しか戦いに残れなくて、以後、使用禁止にされたとノアから聞いた。

「──貴様ら、戦いの場すらも汚す愚か者であったか。......ならばよい。王者たるものの余裕を見せてやろうと思ったが、その気も失せた。来い。実力の差というものを、教えてやろう。そのカードを奪った行為が、いかに無駄なものだったかを分からせてやろう」

 ノアが画面を操作し、使用するキャラクターを変更した。

 ゲーム画面に表示されるノアのキャラクターは、ゲームの筐体に初めから登録されているキャラクター。その中でも、自分でキャラクターを選択しなければ、無条件で選ばれる初心者向けのキャラクターだ。

「お前、そんな弱いキャラクター使うとか本気か? 王者の余裕とか言って、さらすのは敗者の無様なんじゃね?」

 カツアゲ男の言葉に、げらげらと嗤う周囲の男。

「笑うのならば、笑っておればよい。その代わり、勝てよ?」

 画面を見つめるノアの表情は険しい。何度、男どもはノアの琴線に触れるつもりなのだろうか。

 準備完了ボタンを押したのち、試合開始をカウントダウンをする機械音声が流れる。

『3、2、1』

「勝てなかったのならば、そのカード、元の持ち主に返してもらうぞ?」

『レディー、ファイト!』



 開始直後、出遅れることなく素早く動いた男の操作するキャラクター。出の速いパンチが、ノアの操作するキャラクターへ向かって繰り出される。

 しかし、ノアの操作するキャラクターは、それを悠々と回避した。

 攻撃モーションの後の、無防備な男のキャラクターを、ノアのキャラクターの下から上への強打が襲い、浮き上がらせる。

 続く上方向の連打が、男のキャラクターを空中に浮き上がらせたまま、反撃も許さずに、ダメージばかり蓄積させる。

 不意に止まるコンボ。

 やっと地面に戻って来れた男のキャラクターが、攻撃モーションに入る。

 その攻撃より先に繰り出された、ノアのキャラクターの、横方向の溜めて放たれた強打。残り三分の一を切っていた男のキャラクターのHPバーを、一撃で吹き飛ばした。

『K.O.!』

 勝負終了を知らせる機械音声。

 ノアの画面に、勝利を示すエフェクトが散った。



「――な、」

 愕然として、声をこぼす男。

「確かにそのカードを用いての出場は禁止になった。理由は強すぎるからで合っている。――だがな、それは、〝遊戯(ゲーム)に情熱を注ぎ、鍛錬(プレイ)を重ねた者が使えば〟の話だ。貴様ごとき盗人が振りかざしたところで、到底使いこなせるものではないわ!」

ノアの冷ややかな視線が、男を刺す。

 あのカードが使用禁止になった理由は、このキャラクターが出せる、出の速い攻撃からつながるコンボが、どんなキャラクターもK.O.へ持ち込んでしまえるほどに強いコンボだったから、と聞いた。そして、そのコンボに繋げるのは、難度が高いけれども、強い人ばかりが集まる大会だからこそ、繋げられる人ばかりで、どちらが先にパンチが繰り出せるかの争いになってしまい、ゲームが楽しくなくなってしまうから、禁止になったのだ、とも。

「わざわざ自らハンデを負ってやる。そして、そのうえでコテンパンに負かす。これが実力の差、王者の貫禄というやつだ。圧倒的敗北の味はどうだ? うまいか?

 まあ、ハンデというほどのものも負ってはいないが」

 ノアのその声が、三回勝負の勝者の確定を、このゲームセンター中の人に、否応もなく知らしめた。



          *



「これで勝負は終わりなのだろう? 貴様らの負けだぞ」

 三番勝負。二回勝ったノアが勝利なのは、明らかだ。

 ガリ、と爪を噛むフード男。フードからわずかに覗く眼光は鋭く、こちらを睨みつけている。先ほどの余裕など、影も形も見えない。

「ど、どうするんっすか」

「うるせぇ」

 小声のやり取りにも、隠しきれない怒りがにじんでいる。

 たかが女子高生と侮っていたのに、思い通りにいかなかったのが、そんなにも気に入らないのだろうか。

 後ろの男どもも、ざわついている。

「約束だったろう? 負けたら出ていくと」

 すくっ、と椅子から立ち上がったノアが指摘する。

 そうだ。フード男は確かに言った。『負けたら出ていく』と。約束通りに、すぐに出ていくような、そんなできた人間たちにも見えないが。

 そう言われたフード男の視線がさまよい、自分のすぐそばにいた男に止まった。

 フード男が、その男の頭を、ガシッ、と抱え込む。

「こいつがさ、ぜひチャンピオンと勝負したいんだって。これが終わったら、約束通り出ていくからさ。だから、受けてやってくれない?」

 そして、ノアに、作り直したにこやかな笑顔で、そう語り掛けた。

 急に頭を抱え込まれた男は、びっくりしているし、ゲームがしたいようには、全く見えなかったけれど。

 フード男は笑顔を取り繕ってはいるが、口元がぴくぴくと痙攣している。そんなに、余裕を演じたいのだろうか。もう、無駄だというのに。

「む? そうなのか? 挑戦者はいつでも歓迎だぞ」

 立ち上がっていたノアが、もう一度椅子に座りなおした。

「ありがとう、勝負を受けてくれて。こいつも喜んでるよ。ついでに、俺も」

 フード男が、抱え込んだ男の耳元に口を近づけ、何かを囁く。そして、それに小さく、コクリ、と頷く男。

 だから、内緒話がしたいなら、見えない(・・・・)ところですればいいのに。

 頭を解放された男が、腕まくりをする。フード男も。

 フードの隙間から見える男の口元が、これ以上ないほどに楽し気に歪んでいる。

「じゃあ、最後の勝負をしよう」

 此方に踏み出してくるフード男と、フード男に耳打ちされていた男。

「――ただし、俺たち流の(・・・・・)、な!」

 後ろへひかれる、硬く握られた拳。暴力で解決するつもりのようで。

 なら、こちらもなりふり構わないし、これは正当防衛だ。

「キャーーッ!」と声をあげる観衆を背後に、すっと腰を落とす。

「受け身を取りなさい」

「一般人に手を出すなっての!」



ズドンッ

ゴスッ



 背負い投げで転がしたフード男が、足元でうめいている。ろくに、受け身もとれないのか。フードが外れ、苦痛の中に驚愕が見える。

 もう一人の男は、途中からゲームセンターの中にいた佐藤さんが、殴り飛ばしたようだった。

 男どもは、ノアには指の先だって触れられていない。ノアに怪我はない。よかった。

 

「びっくりした......うむ、ご苦労だカンナ! ってあれ? サトウがいる」

 くるり、と振り返ったノアが、ぱちくり、とまばたいて驚く。そのノアの手を引いて、私の後ろへ隠しながら、じりじりと後ろへ、出口の方向へ下がった。

「なんだ、気づいてなかったの? あんたがゲームで戦ってるとこ、見てたんだよ」

「なんと......全く気付けなかった」

 不覚......とつぶやくノアは、この際少し無視をする。

 

「だ、ダイジョウブっすか!?」

「てめえら! 何してくれてんだ!」

「リーダー、手を......」

 やっと硬直の解けた男どもが、集団のままこちらへ近づいてくる。

 どうしようか。もし争いになったとして、この狭い店内で、男たちをさばききれるかと言われると、少し難しい。武器になりやすいものも、たくさんあることだし。ノアを無傷で、というのが厳しいかもしれない。

 助け起こそうとする男の手を振り払い、自力で立ち上がった、フードが外れたため元フード男となった男。顔を隠すものがなくなり、怒りの表情を隠すことなく、あらわにしている。

「あんたら、どういうつもりだ」

「それはこちらの台詞だ」

 被っていた猫も脱ぎ去った模様の元フード男に、即座に反論するノア。

「遊戯(ゲーム)での決闘だったのだ。その規範(ルール)を破ったのはいかなる理由があってのことだ? どんな理由があっても許されることではないがな!」

 ノアが、下がる足を止め、男の顔を睨みつける。

「ここ(ゲーセン)は、みんなが好きな遊戯(ゲーム)をする場所であり、遊戯(ゲーム)で遊ぶところだ。そこを独占するなどあってはならぬし、暴力などというものを持ち込んでもならぬ。幼子でも知っている規範(ルール)すらも守れぬのか?」

「うるせぇな」

 否定の言葉。

 違う。

 否定ではなく、拒絶の言葉。耳をふさいでうずくまり、分かっているけれどそんな言葉は聞きたくない、と首を振っているのだ。

「ルール? ンなもの、くそくらえだ。そんなもの守ったって何になる。できるやつだけが得をする仕組みじゃねぇか。俺らみたいな奴が守ったって意味がねぇんだよ」

 くい、と首を振る元フード男。何かのサインだったらしく、後ろに控えていた男どもが左右へ別れ、私たちを囲い込んで来る。

 逃がさないつもりか。

「だからさ、もうルール無用でいいだろ? こっちはゲームに負けて、しかもそこの黒髪女に投げられた借りも返さなきゃなんねぇんだ。......遊びは、しまいだ」

 先に手を出してきたのは、そちらではないか。何が、借り、なのか。ノアに手を出すつもりだったこと、私には見えていたのに。

 じとり、と元フード男をにらみつけるが、ふんと、勝ち誇る男。自分たちの得意なフィールド(けんか)に、私たちを引き込んで、もう勝ったつもりでいるのか。

 どう、逃げるか。こちらに勝負で勝つ必要はない。ノアを無事に逃げ切らせられれば、私の勝ちだ。

「はー、ダサ。女二人に男が寄ってたかって。恥ずかしくないの?」

 ここから無傷でノアを家へ帰すための策の練る為、思考をめぐらす私の視界を遮ったのは、軽く脱色されて傷んだ髪を、結びもせずに下した頭。私たちと元フード男とのやり取りを、黙って見ていた佐藤さんだった。



 私たちと元フード男の間に立ちふさがり、男どもの視線を一身に受けても、堂々と見返す彼女。

「で、なに? 最初から見てたわけじゃないから詳しくは知らないけど、ただの女子コーセーだからって、勝ちゲー確信してゲームに応じたら、ボコボコされちゃって逆ギレしてるって感じ? まじダサいわ」

はっ、と鼻で笑ってみせるオプション付きだ。

「あ! てめぇ、佐藤じゃねぇか!」

 今更、彼女の存在に気が付いたのか、頬を赤くはらせた男が、佐藤さんを指さして叫んだ。

「前殴っただけに飽き足らず、今日も俺を殴りやがって!」

 なんて言いがかりだろうか。

「佐藤だと?」「ここで会ったが......」という声が聞こえる。男どもと、佐藤さんの間に、面識があったのだろうか。

「ん? あんたら、どっかで会ったっけ?」

 しかし、佐藤さんの方は、記憶にないようだ。

「てめっ、覚えてねぇだと!? 忘れもしねぇ、一週間前の路地裏でのことだ!」

唾をまき散らしながら怒鳴る男。汚いな。

 額に手を当て、うーん......と唸りながら、なんとか一週間前のことを思い出そうとする佐藤さん。

「一週間前......うーん......あぁ! あんたらもしかして、女一人を男複数で囲んだにもかかわらず、返り討ちにされちゃった、あいつらか!」

 ぽん、と手を打つ彼女は、本当に、たった今思い出したようだ。

 すごい因縁があるじゃないか。因縁があるというか、因縁をつけられているというか。

 男どもの意識が、佐藤さんに集中する。この隙に、全てを佐藤さんに任せて逃げられないだろうか。

「残りの奴らが合流する前に、すたこら逃げやがって」

「追加が来るってわかってたら、そりゃ逃げるでしょ」

「そうやって、逃げてばっかりなんだろ? 俺たちと同じ負け犬のくせして」

 にらみ合う両陣営。いや、佐藤さんは一人だから、陣営ではないけれど。私たちは、一緒にカウントしないでもらいたい。男どもも、私たちのことは忘れていてくれたらいいのだけれど。

「おいこら、そこの黒髪女。何逃げようとしてんだよ。お前には、リーダー投げられた借りを返さなきゃならねぇんだ」

 忘れてくれていればよかったのに。それに、逃がしてもくれないようだ。



「佐藤。てめぇには、俺の仲間(部下)が散々殴られたらしいからな。その借りを返さなきゃなんねぇと思って、ここら辺にはってたんだよ。ちょうどいいたまり場(ゲーセン)だってあったことだしな」

 元フード男が、後ろの男から鉄パイプを受け取りながら、そう言う。

 もともと佐藤さんに用があったのなら、最初から佐藤さんを探せばよかったのに。そうすれば、ここで私たちと合うこともなかっただろう。

「俺もお前もまっとうに生きられねえ家に生まれたんだ。俺の親父だってお前の親父には世話になった。面倒なしがらみだらけの家だが、親の借りを、息子が返すってのも、中々乙なもんだろ」

 借り、借りって、この男ども、借りばかりじゃないか。返しきれないほどに借りが膨れ上がりすぎて、破産すればいい。

「はー、親父の分は親父たちが清算すればいいでしょ。なんでアタシが背負わなきゃなんないんだか。でも、そのケンカ買ってあげるよ。ここまで派手に売っといてアタシが相手にしなかったら、それこそ赤っ恥じゃすまないもんね」

 好戦的な笑みを浮かべる佐藤さんと、鉄パイプをぐっと握りしめる元フード男。後ろの男どもも、思い思いの武器を手にしている。

「やるのか?」

「こっちのセリフ。あんたたち、前アタシに負けたの忘れたの? ルール無用でいいなら、こんないい子ちゃんたちより、アタシのほうが楽しめるでしょ?」

 睨み合う両陣営。膨れ上がる殺気。

「て、店内での暴力行為は禁止です! 保護官を呼びますよ!」

 一瞬即発の空気を、電話の受話器をかまえ、いつでも連絡できるようにしたゲームセンターの店員さんの声が壊した。

 保護官。それは、この学業都市内での警察のようなもの。この都市の中では、外と違い、学生の比率がとても高い。迷惑行為や犯罪行為を働いた子供を、逮捕ではなく、保護し更生できるように支援する組織。まぁ、私たち学生にとっては、警察と何ら変わりない。子供専用の警察みたいなものだ。

「――ちっ、呼ばれたら面倒だ。ここは退くぞ」

 保護管が呼ばれれば、大ごとになる。それを避けてか、撤退を即決した元フード男。周りの男どもにも異論はないらしく、元フード男を先頭に、ぞろぞろとゲームセンターを出ていく。

 男が、フードを被りなおしながら、横をすれ違う瞬間、『覚えてろよ』と小さく一言残していった。



           *



「よ、よかったぁ......」

 へにゃ、と腰が抜けたように店員さんがその場に座り込む。

 それまで静観していた観衆も、ざわり、と声を取り戻した。

「助けてくれてありがとう、おねーちゃん!」

 人ごみを抜け、ノアに飛びついてきたのは、最初、男たちに交代してくれと迫って、突き飛ばされた少年だ。

「おねーちゃん、すっごいかっこよかった! 黒髪のおねーちゃんもありがとう!」

 此方を振り返る少年。別に、私はこの子を助けたわけではないけれど。

「うむ、うむ! お前も我の勇姿をしかとその目に焼き付けたようだな!」

 わしゃわしゃと少年の頭を撫でるノア。えへへーと嬉しそうな少年に、「だがな、」と前おいたノアは、ぺちり、と少年の額を指ではじいた。

「いたっ」

「もう、危ないことはしてはならぬぞ? 怪我をするところだったのだ。以後、気を付けるように」

「......はーい、ごめんなさい」

 少年が。両手ではじかれた額を押さえて、素直に謝った。

「ありがとう!」「かっこよかったよ!」と、周りからノアへ、声がかけられる。それに、うむ! と手を振り返すノア。

「いやー。ほんとにノアちゃんありがとうね。だけど、君だって危ないことしちゃだめだからね? 動けなかった私が言うのもなんだけど、ああいうのは、大人に任せるべきなんだよ?」

 よっこらせ、と立ち上がった店員さんがノアを褒めると同時に、叱った。もちろんだ。次は、あんな危ない真似はしないでほしい。

「うむ......すまなかった。次は気を付ける、ぞ」

 しゅーん、と項垂れるノア。心なしか、垂れ下がったしっぽが見える。

 ノアも反省しているようだ。暴力沙汰になりかけたし、さすがに重く受け止めてくれたみたい。



           *



「今日はもう疲れた」というノアの意見で、今日はもう帰ることになった。あんなことがあれば、確かに、疲れるだろう。

 佐藤さんは「もう、あんなやつらとかかわるなよ」と別れ際に一言残して、さっそうと去っていった。私としても、あんなのにはもう二度と関わりたくはない。

 店員さんには、保護官に連絡しておいて、しばらくの間、この付近のパトロールを強化してもらうらしい。うん。その方が安心できる。

 まだ暗くなりきってないとはいえ、もしものことがあれば危ないから、ノアを送って帰ることにした。いつもなら、途中の分かれ道で別れるのだけれど。

「ノア、次はあんな危ないことしないでね」

 道中、ゲームセンターでのことを叱っておくことも忘れない。

「うっ......カンナまで怒るのか」

「あたりまえでしょう」

「だって......遊戯(ゲーム)はみんながみんなで楽しむものだし。それを独り占めとか――許せなかったのだ」

「わかってる。でも次は、少し考えてから行動してほしい。危ないから。私は、ノアに怪我をしてほしくない」

「かんなぁ......」

 瞳をうるっとさせるノアの頭を撫でてやる。

「我とて、怖かったのだぞ......」

「うん」

 ぐすぐすと泣き出したノアの涙を拭いてやるため、カバンからハンカチを取り出す。

 ついでに、あたりに視線をめぐらす。ゲームセンターを出た時から感じている、あの男どもの気配。人通りが多い道を選んで帰っているからか、今は襲うつもりはないようだ。



 ノアの家が見えてくる。家の前の小道に、ひとつの人影。

「メイド! 今帰ったぞ!」

「えぇ。おかえりなさいませ、ノアお嬢様。ご無事で何よりです。かんな様もありがとうございました」

 黒いエプロンドレスに身を包み、髪の毛を邪魔にならないように、後ろでひとまとめにしている女性。スカートのはじをちょんとつまんで、浅くお辞儀をする彼女は、ノアの家のメイドさんだ。家を留守にすることの多いノアのお父さんと、外国に住んでいるノアのお母さんの代わりに、ノアの面倒を見ている人。一番面倒を見なければならない春休み中は、なにやら家の用事とかで、帰省していたそうだけれど。

 ノアとて、もう高校生。流石に家の前まで迎えに出てきてもらう年ごろではないけれど、今日は特別。私が事前に連絡し、外に出てきておいてもらった。別れてから家に入るまでを襲われるなんて万が一を、起こすわけにはいかない。

「ここまで送ってくれてありがと、カンナ! また明日学校で、なのだな!」

「はいはい。また明日」

「はい、は一回なのだぞ!」

「かんな様も、お気をつけてお帰りください」

 もう一度ペコリとお辞儀をするメイドさんに、お辞儀を返して、ノアの家の前を立ち去る。

 男どもも、さすがにこのお屋敷ともいえる大きな家に侵入するつもりはないようで、遠巻きにしている。

「くれぐれも、怪我のございませんよう」

 じっ、とこちらを見つめる真剣な瞳。言葉に込められた意図を理解したうえで、コクリと頷いた。

 ぶんぶんと手を振ってくるノアに、手を振り返して、ノアの家の前を立ち去った。



           *



「分別のあるゴミのようで安心いたしました」

「ん? ゴミは分別されるものだぞ?」

 きょとん、とこちらを見上げるノアお嬢様に微笑みかける。

「えぇ、その通りですとも。少々言い方を間違えました。さぁ、もう暗くなります。お家へ入りましょう。今夜の食事は私(わたくし)特製のスープでございますよ」

「はーい」と返事をしながら扉をくぐっていくお嬢様を見送ってから、もう一度、柵の向こうへ意識を向ける。

 きちんと、帰って行ったようですね。

 まったく。人の家に押し入ってはいけない、程度の分別はつけられるゴミのようで安心いたしました。その分別も分からぬようでしたら、お掃除せねばいけませんでしたから。

 全てを引き受けてくださったかんな様には、今度お礼をせねばなりませんね。今度、家へ遊びにいらしたときのために、美味しいお菓子でもご用意しなければ。

 さて、おなかを空かせて、扉の向こうから催促しているお嬢様に夕食を振るまいましょうか。

「ちゃんと手は洗われましたか?」

「うっ、これから洗うから問題ないのだぞっ」



           *



 やはりか、と思う。そして、面倒くさい、とも思う。

 街外れの人気のない道の途中。通り抜けられぬように、前にも後ろにも立ちふさがる男ども。人通りが多い道では襲えず、ノアの家に押し入ることもできず、結果として一人で帰る私を襲うことにしたわけだ。

 一人を、複数人で囲む、だなんて。

 佐藤さんと同じ状況だけれど、たしかに、状況としては見ていてとても恥ずかしい。佐藤さんの時は、それでもボコボコにされたというのだから、なおさら恥ずかしい。

「借りを返しに来たぜ」

「へへっ、ビビっちゃって、足も動かねぇの?」

「俺たち、十倍返しが基本だからよ。痛くても、泣きわめいてくれるなよ?」

「まー、先にちょっと場所変えようや」

 囲む輪を狭めてくる男ども。

「恥ずかしくないの?」

 ピタリ、と止まる足。くすくす、という笑い声が、やがて、大きな笑い声になり、その場を震わす。

 男どもの波を縫って、前へ出てきた男。フード男だ。今はもう暗いから、フードは取ってしまっているけれど。

「何それ、強がり? かわいーね。俺、気の強い女の子って好きだよ? だって――嬲り甲斐があるからなぁ!」

 正面に立った男の拳が、私の顔に向かって振り下ろされる。



ゴスッ



「うっわ、もろに入った! 痛そー」「あと数発殴って動けなくなったら、郊外につれてこーぜ」「明日は学校にいけないかもねー?」

 周りの男どもがうるさい。

 いや、そんなこと、どうでもいい。

 殴、られた。確かに殴られた。今、私は殴られた。姿勢のなっていないパンチであっても、私が衝撃を逃したから全くダメージを受けていなくても、たしかに殴られた。なら、これは――

「正当防衛、ですよね。おじい様」

 家のしがらみに絡め捕られているのは、別にあなただけではない。まぁ、私は、自分の家を面倒と思ってはいないけれど。

「は?」と聞き返すフード男のみぞおちにまず一撃。

 私は、怒っているのだ、こいつに。だって、あの時、頭を抱え込んでいた男に耳打ちした言葉。『俺に続いて、お前は黒髪の女のほうに殴り掛かれ』。つまりこの男は、ノアを殴るつもりだったのだ。あんな、か弱い女の子を。ただの、女の子を。

 顎にもう一発。確実に意識を落としたのを確認して、地面へ転がした。

 静まり返っている男どもを見渡す。

 女ひとりが、男複数人に囲まれている状況。うん。これは多分、恐怖で自制を失った女が、全員の意識を落としてしまっても問題ない、と思う。正当防衛の内で間違いないだろう。うんうん、と自分を納得させた。

 そして、まず正当防衛の手始めに、一番手前にいた男の足を払った。





「えげつないねー」

 ドサリ。襟元を離した男が、力なく地面に横たわる。あたりを見渡せば、どうやら最後の男だったようだ。

「佐藤さん」

 倒れた男を椅子替わりに座り、こちらを見ている彼女。いたのは気が付いていたけれど、手は出してこなかったから、こちらからも何もしなかったのだが。

「見てたのはさっきからだよ。加勢しなかったのは、下手に手を出したら危うく巻き込まれそうだったから。手助けしなくて、ごめんよ」

 佐藤さんが、ひらひらと手を振りながら謝る。

「別に、かまわない」

「あ、そう。ならよかった」

 二人の間に沈黙が降り立った。

「よいしょ」佐藤さんが、椅子にしていた男から立ち上がる。

「まさか、あんた一人で、こいつら全員何とかしちゃうとは思わなかった」

 んー、と伸びをした彼女。しかし、次の瞬間には、こちらを鋭い視線で見つめていた。

「つまり......あんたの三刀屋(みとや)は本物の三刀屋(・・・・・・)ってことでいいの?」

 その視線を、少しの間正面から受け止めてから、

「ほかの三刀屋があるなんて、聞いたことない」

 肯定した。

 じっとこちらを見つめる佐藤さん。彼女とも、ぶつかることになるのだろうか。できれば、それは避けたい。クラスメイトであるし、ノアも懐いているようだった。

 二人の間に、張り詰めた空気が流れる。時間にして、10秒ほどだったろうか。先に沈黙を破ったのは、またもや佐藤さんだった。

「いーよ。あんたが本物の三刀屋だったとしても、ニセモノだったとしても、アタシから手を出すつもりはないから。そんなに身構えんなよ。

その、今回は災難だったね。こんなのに絡まれて。後処理はアタシがやっとくよ。こういうのが本来の仕事なんだ」

「......仕事」

「そーそー。流石にここまで来たら学生の手に負えねーし、他の生徒も被害にあう前に、保護官に突き出すの。それが仕事のうちの一つなんだよね。アタシ、慣れてるからいいよ、先帰っちゃって」

 そんじゃね。と手を振る佐藤さん。

「では、お言葉に甘えて」

 ぺこり、とお辞儀をして背を向ける。

 気を付けて帰んなよー。という声を聞きながら立ち去った。

 しかし――あの噂の信憑性が増してきた。『保護官とは別に、生徒の生活を守る為に秘密裏に活動している組織がある』という噂の。

 まぁ、関わりがなければいいのだ。今回のは予想外であったけれど、次はもうない。佐藤さんについても、深く聞かない方がいいだろう。

 ノアに知られたら『秘密組織だとっ?』 だなんて食いつきそうな話だ。決して話すまい、と心に決めて、家への道を急いだ。



            *



 すたすたと遠ざかっていく背中を見送る。

「まさか、あの子があの三刀屋だったとはね」

 ぼやく声は、宙に溶けて消える。

 親父から、そして家の衆たちから、耳にタコができるくらい聞いた話。『三刀屋には手を出すな』

 あの子が、そんなに危ない存在だとは思えなかった。

 ただ、それはあの子の刃がこちらへ向けられていなかったから、なのだろう。同じ教室で授業を受けていて、見ることどころか、気づくことさえさせなかった。

 研ぎ澄まされた刃のような殺気。無駄のない身のこなし。的確に急所を穿ち続ける集中力。

 あれは――本物で間違いない。

「はーぁ、おとぎ話だと思ってたのに。生きた兵器(・・・・・)を作ることを生業にしていた家がある、とかさ」

 んー、と伸びをする。

 ま、考えたってしょうがない。こちらから手を出さない限り、あっちから手を出されることはないだろうし。それに、アタシは食堂でのことをまだ覚えてる。あの戦闘力があの子の真実だったとして、あの時、食堂で謝ってくれたことが嘘ということにはならない。

 一緒にいるノアって子も、ゲーセンで見た限り、やっぱり根っから善良な奴だった。

 なら、それでいいのだ。それだけで、いいのだ。

 できれば、これからはもうこっち側にかかわんないでほしい。善良な奴は、善良な奴らと過ごしてればいい。こういう汚れ仕事は、アタシみたいなの任せておいてさ。

 不意に鳴った携帯を取り出して画面を見れば、連絡を待ってた人だった。

「はいもしもし。こっちは万事順調。前に報告された、最近うちの近くを荒らして回ってた男たち、全員捕まえた」

 まぁ、ボコしたのアタシじゃないけど。という呟きは胸の内にしまっておいた。

 すぐに保護官を向かわせる、という旨を伝えられて、電話が切られる。一応、到着するまで待っとくか。

「しっかし、これ。時間外労働じゃない? 契約に違反してないかな」



           *



 翌日。

 今朝は、ノアを家まで迎えに行った。流石に昨日の今日で、男どもが全快して、もう一度襲ってくることはないと思うが、まだほかにも仲間がいた かもしれないし。何事もなく、登校することができた。ついでに、私が早い時間に迎えに行ったから、遅刻ギリギリ魔なノアも、今日は早く登校することができた。

 学校についてしまえば、校舎の中は安全なので。いつも通りの授業風景。校内への侵入者などもなく、ごく普通の一日を過ごした。

 ただ、異変が起きたのは放課後。SHR(ショートホームルーム)の終わりを告げるチャイムの直後に入った呼び出し放送。

「一年四組、三刀屋かんなさん。同じく一年四組、山田ノアさん。至急生徒会室まで来てください」

 もしかして、昨日のことだろうか。まばらとはいえ、聖トヲガエの制服を着た生徒がいなかったわけではない。そこから、ゲームセンターのことが漏れたとすると、もめ事を起こした私たちは、叱られること間違いなしだろう。今日一日何もなかったから、油断していた。

 ノアの方を見れば「なんと......この学校最高組織の拠点である生徒会に行ってもいい、とな! 貴様らの拠点を守る魔術結界、とくと拝見させてもらおう! ふははー」なんて言ってる。これはダメだ。全くアテにできない。いや、もともとアテにできるとも思ってなかったけど。

 せめて、生徒会室の中では、その中二病節を封印してくれたらいいのに......と思うが、おそらく無理だ。諦念の境地の果て。「さ、行くよ。道覚えてないでしょ。こっち」と、ふははーと笑うノアを引きずっていった。



「ここへ、あなたがたを呼んだのには、お願いがあるからです。生徒会からの依頼と取ってくださっても構いません」

 生徒会室につくと、すぐに応接ソファに座らされ、向かいに座った生徒会長から、そう、切り出された。

「私たち生徒会には、各委員会と連携して、生徒の生活をより良いものにしていく義務があります。もちろん、放課後とてその範囲内です。委員会の皆さんや、外部の方に協力していただき、学区のパトロール。危険場所についての情報収集。他にも、我が学校の生徒の皆さんが健やかに過ごせるように対策をしています」

 それは、いち生徒会の仕事の範疇を超えているのではないだろうか。しかし――あの噂は、やはり本当だったらしい。こんなに早くわかるだなんて。それにしても、秘密組織が、まさか生徒会だったなんて。

 ただ、この流れ。なぜ、一介の生徒――しかも入学したてのわたしたちに、秘密であるはずのことを明かしているのか。少し、いやな予感がする。というか、ノアに知られまいと心に決めたのに、まさか24時間経つ前に破ってしまうだなんて。

「ここは学業都市。学生が占める割合がとても高く、また、高校生から学業都市への入居が義務付けられている都市です。この学業都市に慣れていない年代が多いのが、高校生。つまり、問題を起こすなら、我々高校生が多いのです。さほど広くない街に、沢山の高校生。何かしらの衝突が起きないわけがない。時には、学校間の問題にもなりかねない。しかし、それら全てを大人と処理していくには、大人の数が足りないのです。親元を離れている学生も多い事ですし。ですので、学生間で、きちんと問題を片づけられることが必要なのです。そうやって、生徒会は、学園都市で生活する本校の生徒を守るため、表立ってでなくとも、陰ながら活動してきました。今、聖トヲガエ学園が、何も問題を抱えていないのは、これまでの生徒会と各委員に所属した先輩方の尽力のたまものなのです」



 そこで一度切って、机の上の紅茶を一口。口の中を湿らせてから、生徒会長のマシンガントークは再開される。

「話は変わりますが、最近、路地裏の方々の活動が活発的になっています。彼らは、暴力的手段に訴えることに、躊躇いがない。本校の生徒が被害にあわないとも言い切れません。よって、パトロールや情報共有を強化してきました。危険な路地裏には近寄らないように。テナントが入っていない不審な建物には近寄らないように、と呼びかけてきました。しかし、それでは足りないのです。今回のあなた方の件で、深く痛感いたしました。ゲームセンターは、やはり路地裏の方の目に留まりやすい施設だということを」

 やっぱり、昨日の件は知られているじゃないか。しかし、お叱りはない模様、のようだ。

「ゲームセンター。えぇ、いいところです。他ではなかなか再現できない遊びの場でしょう。ゲームセンターで遊ぶのを楽しみにしている生徒も少なくないはず。生徒にとってプラスになる場所なら、それは守らなければいけません。生徒の為に、守られなければいけません。ですが、今の生徒会では、ゲームセンターにまで手を出せないのです。ただ、機械的にパトロールをするのであれば、可能です。施設内の様子を事細かにメモに残し、次のパトロール員に伝えるということをすればいいので。ですが、それではダメです。ゲームセンター内を見て回り、逐一メモ取っている人がいる。そんな空間で、果たして生徒がゲームを楽しめるでしょうか。一番大事なのは、生徒の皆さんが健やかに過ごせることです。生徒会が負担になってはいけない。ゆえに、ゲームセンターの雰囲気に馴染むことができ、メモを残さずとも変化を感じ取れるような人材が必要なのです。あなたです――山田ノアさん。あなたに、ゲームセンターで楽しむ生徒のため、聖トヲガエ学園の学区にあるゲームセンターの見回りを頼みたいのです。あなたとて、ゲーム好きの人間の一人。自分の好きな場所が荒らされていくのを黙って見ていたくはないでしょう。大丈夫です。何か変化を感じたら、それを逐一報告してくださればいいのです。危ないことはありません。変化がないようなら、その日はゲームセンターでゲームを楽しんで帰ればいいのです。どうです? 受けていただけますか?」

「お断りしま

「承ったぞ!!」

 いかにも、ノアが飛びつきそうな話。ノアが受け入れる前に私が断ってしまおう、と考えたのだが。

 私が言い切る前に、遮って叫んだノア。目をキラキラと輝かせ、あぁ、私がどんなに言っても、撤回する気はなさそうだ。こうなったら、梃子でも動かない。と、そんな言い訳をして、ノアの好きなようにさせてあげる私は、たいがいこの子に甘いのだ。



「ありがとうございます。貴女ならそう言ってくださると思っていました。私は生徒の皆さんの健やかな生活を守るため。貴女はゲームセンターの平和を守るため。共に協力していこうじゃありませんか。

もちろん、貴女も協力してくださいますよね、三刀屋かんなさん。あなた方はいつも一緒に行動していると聞いています。えぇ、良き友情です。その延長です、ただ、いつも通り一緒にゲームセンターに行って、少し注意深く観察するだけです。どうです、受けてくださいますか?」

 先にノアを釣っておけば、私も釣れることがわかっての質問の順番だったわけか。ノアの方を見れば、やたらキラキラした目でこっちを見ている。これは、断れない、な。

「わかりました」

「ありがとうございます」

 ぱちり、と両手を合わせて喜ぶ生徒会長。思惑通りに事が進んで、それは嬉しいに決まってる。

「では、こちらが契約書になります。しっかりと全てに目を通してから、署名してくださいね。あと、これは生徒会からの正式な依頼として出させていただきます。報酬をご用意させていただくのですが、なんがお好みでしょう。今すぐ用意できるものとなれば、部室、くらいなものですが。ちょうど先日、部員のいなくなった部活を解体しまして。ちょうど部室が余っているのです。もし、新しく部活を設立したいのでしたら、部活設立に必要な上級生三名の署名も、こちらで何とか工面いたしましょう。どうでしょう?」

 ノアが、契約書を読むのをやめて、生徒会長の話に聞き入っている。すごい食いつきようだ。だが、契約書を描いてる最中に別の話題を出すなんて、書類への集中をそごうとしているみたいだ。まるで詐欺師の手口。しかし、この書類に一切の不備はなく、全ての記載が常識の内にとどまっている。ノアの方の文面も一言一句同じようだ。これなら、署名しても問題はない。

「本当に、いいのか? 部活を作っても、いいのか?」

「えぇ、もちろんです。貴女が望まれるのであれば。ただ、今回の依頼は、山田さんに出したのではなく、山田さんと三刀屋さんのパートナーに出したものですので。三刀屋さんの意見もきちんと聞いて差し上げてくださいね」

「ではこちらを」と差し出された紙。部活新設申請書と書かれたそれには、すでに三人分の三年生の名前が書いてある。ことの始めから読まれすぎじゃないか。ここまで全て、シナリオの内、ということなのだろう。

「この用紙の提出は後日で構いません。もし、部活の設立以外を報酬に欲しい場合は、その紙を持って生徒会室を訪ねて来てください。本当にわたし質に払えるものか、審議しますので。書類に署名はできましたか?えぇ。ありがとうございます。この書類はきちんと保管させていただきます。契約期間は、とりあえず半年と書類に書かれていましたが、半年で路地裏の方々の活性化が直らなければ、延長を頼むかもしれませんが、その時は悪しからず。

では、今日はわざわざ生徒会室までご足労いただきありがとうございました。一緒に、頑張っていきましょうね。山田さん。三刀屋さん」

 こつり、とちょうど飲み終わったカップをソーサラーの上へ戻し、差し出された手を握り返す。

 そのまま、退出を促されたから素直に生徒会室を出ていく。

 にこり、とほほ笑み見送る生徒会長は、なるほど悪い人ではないのだろう。ただ、底が知れないだけで。



            *



「ノア。本当に部活新設っていう報酬で、あの仕事受けておったの?後悔はない?」

「うむ! もちろんだ!」

 教室への帰り道。ノアにそう尋ねれば、すぐに帰ってくる返事。よほど機嫌がいいらしい。

 ニコニコと嬉しそうに部活の申請書を抱えて歩くノア。そんなに部活を作れるのがうれしいのだろうか。そんな素振り、見せたことなかったけれど。

「部活を作るのはな2年になってからの予定だったのだ。だからカンナにも伝えていなかった。なにせ、作るには2年生以上の署名が必要だと知っていたからな。だがしかし! チャンスが舞い降りてきたのだ! これをふいにできるはずがあるまい!」

 こつり、と高らかに音を響かせて、ノアが大きく前へ一歩を踏み出す。

 両手を広げ、クルリと回転するノア。ふわりと広がる紺のスカート。ちらりと覗く健康的な白い足。体の動きに合わせて揺れ動く金の髪。いたずらっ子のように笑うその姿は、まるで一枚の完成された絵のようだった。

 ただ、しゃべる内容が、その雰囲気を徹底的にぶち壊してしまう。

「この学校に活動拠点を作る! 我が技術の粋をこらした結界を張ろう! 我が住居並み、とまではいかぬが頑丈なものを作り、襲撃に備えるのだ! 用意は早い方がいい! だから、今! 作るのだ!」

ふははーと笑い声をあげながら、くるりくるりと回る。

「もちろん、名前ももう決めているのだぞ! 名付けて、無限黒曜炎飽和加速度(アンリミテッド・フォース・オーバーフローアクセラレーション)研究部! 学校での拠点にして、我が黒炎の力の限界をさらに研究するための部活だ! 略してUFO研究部!」

 ぴたり、と回るのをやめ、此方を振り返り、微笑むノア。

「カンナも一緒に来てくれるよなっ!?」

 私が断るなんて、つゆほども思ってないらしい。

「しょうがないな」

 そんな風に、期待に満ちた目で見つめられたら、私が断れないのは知ってるくせに。

「ふふっ、なんて言って、我に誘われてうれしいくせにー」

「はいはい」

「はい、は一回なんだぞ!」



「生徒会に並ぶ秘密結社を作るのだー」「優秀な仲間を勧誘するぞっ」「はいはい」「はい、は―――」

 楽し気の声が廊下に響いている



                      続く?



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