ひとりでピュリキュア (五)

みの あおば


 伝説のファイター、「Purity(ピューァリティ) Cure(キュアー)」。略して「ピュリキュア」。この言葉が意味するのは「清浄(せいじょう)」、そして「治癒(ちゆ)」。
 これは、ひとりの少女がいろいろ背負いながらも、とりあえず楽しく生きていく感じの物語である――!

◇

第五話
「消し去ろう 罪悪感を ピューリファイ」

 おっはよー! 今日もいい天気だね! 突然だけど、いろいろ教えてあげる♪
 わたしの名前は純空氷華(すみぞらひょうか)。普通の女子高生として虹色高校に通う一方で、伝説のファイター・ピュリキュアとして正体を隠しながらも毎日怪物と戦ってるの!
 こんな説明の仕方だと、「秘密を明かさずに戦い続けるなんて大変じゃない?」って心配されちゃいそうだけど、ううん。全然そんなことないよ! だってわたしには信頼できるパートナーのピピアや、いつも家庭を支えてくれてる十三人のヘルパーさんたちがいるんだもん。寂しくないない。
 とは言っても、最近は少しだけ不安になることも増えたかな。だって、実はわたしがピピアから産み落とされた異界人なんだとか、ヘルパーさんたちは記憶を消去され無償労働を強いられている元ピュリキュアたちだった、なんていう驚きの事実を知っちゃったんだもの。あまりのショッキングファクトよね。
 でも、わたしは絶対下を向いたりしない。だって悲しいことばかり考えてたって仕方がないでしょ? とにかく楽しいことを考えなきゃ! ほら、今日も窒素(ちっそ)がおいし〜い!
 すーは〜。

◇

 高校一年生・十六歳の純空氷華は、身長一六九センチ、体重五十八キロ、好きな食べ物はシャーベットとエビフライというタイプの女だ。
 旅館を改装してつくった自宅兼秘密基地で、異界であるイノセシアから来たという妖精ピピアやホームヘルパーたちと共に暮らしている。
 つい近頃、氷華は自身の出生の秘密や反乱を企てるヘルパーの存在を知った。氷華もこれには戸惑ったが、すぐに気にしなくなった。なぜなら、くよくよするのは自分らしくないとひとりでに思い至ったからだ。それからというものの、彼女は楽しいことばかりを考えるようにし、努めて明るく振る舞っている。


 氷華は客室のふすまを開けて部屋に入った。
「おっはよー! 朝ご飯できてる〜?」
 部屋の中央では、ピピアと、ホームヘルパーのひとりであるピュアライスがなにやら言い合いをしている。
「だから何度も言ってるピア! ピピアはそんな悪いことしないピア!」
「嘘です! イノセシアから来たのはこの私とピピア、あなただけのはずです!」
「ふたりとも、大きな声を出してどうしたの?」
 氷華は座布団を持ってきて二人の間に腰をおろす。
「氷華さん、おはようございます。気にしないでくださいね。ただいま朝食を持ってきますから」
「氷華、おはようピア。今のは二人で発声練習をしていただけピア」
「ふ〜ん。朝からごくろうさま」
 初代ピュリキュアであるピュアライスは、現役引退後に記憶を消去されこの家のヘルパーとして働いていたが、先日氷華の食べ残したオムライスを食べた時にお米の力で記憶を取り戻した。
 その後自らを嵌(は)めたピピアへの復習を企てたが、氷華に邪魔立てされそうになったため、ばらされる前にと自ら記憶が戻ったことをピピアに報告したのだった。
「ヘルパーさん、今日はエビフライ五本とゆずシャーベットでお願い」
「承知しました」
 氷華はいつも自分の好きなものばかりを食べている。
「いつも言ってるピアけど、そんな偏った食事で大丈夫ピアか?」
「心配しなくても大丈夫よ、エビフライは栄養満点なんだから。知ってた? エビフライの尻尾一本には、とってもたくさんの原子が含まれているのよ?」
「ピア! そうだったピアか。勉強になるピア〜」
 そうこう言っているうちに注文した品が運ばれてくる。氷華は早速エビフライを頬張った。
「おいし〜い! サクサクの衣に、ぷりぷりの引き締まった身! カスカスの尻尾をお口に入れると、なんだか口内が微妙な感じになるのよね。これがまたやみつきになっちゃう! ふふふ」
「氷華はいつもおいしそうに食べるピアね〜」
 くちばしを吊り上げて微笑むピピア。氷華は残り四本のエビフライもあっという間に平らげていく。
「ピア〜。ところで氷華、今日は何の日か知ってるピア?」
 小鉢に盛られた納豆をつつきながら問いかけるピピア。氷華は質問に答えるため、ゆずシャーベットを食べる手を止めて考え始めた。
「え〜なんだろ。誰かの誕生日とか?」
「外れピア。答えは、『とりとめもないけど、だからこそかけがえのない一日』ピア。分かったらさっさと学校に行くピア!」
「うわ〜、このシャーベット冷た〜い! ゆずの風味も効いていて最高〜!!」
 氷華は無視のしどころを知っていた。ピピアの独りよがりなノリなど相手にせず、ゆずシャーベットを口に運び顔をほころばせる。
 そんなこんなで朝食は終わり、服を着替えて準備は万端。ネイビーのボストンバックを肩に掛け、黒のローファーを履いて玄関に立つ。
「それじゃ、行ってきまーす!」
「気を付けて行ってくるピア〜!」
 肩のあたりで切り揃えられた黒髪を風になびかせ、制服姿の氷華は元気いっぱいに家を飛び出す。その口内からは爽やかなゆずの香りが漂(ただよ)い、お腹の中ではエビフライの尻尾が五切れ、胃液にプカリと浮かんでいた。

◇

 バス通学者である氷華は、停留所のある山のふもとまでは徒歩で下っている。その道中、氷華は小学生と思しき二人の男女に出くわした。
 少年が大きな声で叫ぶ。
「暮(くれ)葉(は)ちゃん、何で無視するの!」
 少年の先を歩く少女は後ろを振り返って言った。
「だって、朝日(あさひ)くんといると子どもっぽさが移るもん」
その様子を見て氷華はニヤニヤする。
「朝からボーイとガールがケンカしてるね〜」
『元気でなによりピアね』
 氷華とピピアはインカムを使って常に通話状態を保っている。他者との繋がりを必要とするお年頃なのだ♪
 少年は早足で駆け寄り少女に言った。
「どういう意味なの。僕のどこが子どもっぽいの?」
「だってだって、朝日くんってシューマイに乗ってるグリーンピースが食べられないんでしょ? そんなの完全に子どもじゃない。わ〜い、子・ど・も! 子・ど・も!」
「そんなの関係ないじゃん! ていうか暮葉ちゃんこそ、みそ汁に入ってるみそが飲めないって言ってたじゃん! そっちの方が変な子どもじゃん! 子・ど・も! へ・ん・な!」
「み、みそだけは駄目なの! しょうがないでしょ! でもねでもね、朝日くんはみそ汁に入ってるシイタケもネギも食べられないんでしょ? それに比べたらみそが飲めないなんて、変ではあるけど子どもっぽくはないじゃない。暮葉、朝日くんよりは大人だもん」
「意味わかんない! へりくつだ!」
 朝早くから山道で発声練習を繰り広げる子どもたち。お腹から声を出しているのがポイントだ。氷華は歩くペースを落として、二人の言い合いを眺めている。
「おもしろいわ〜。これが小学生のケンカなのね」
『あんまりジロジロ見るのもよくないと思うピアよ』
 ここで、からかい文句を思いついたらしい少女が、眉根を上げて少年に迫る。
「さっきからなんだっていうの? 朝日くん、そんなに暮葉と仲良くしたいわけ? もしかして、暮葉のこと好きなんだ? へ〜、朝日くん、暮葉のこと好きなんだ〜! わ〜! わ〜!」
 煽られたグリーンピース食べられないボーイは、頬を朱に染めてそっぽを向く。しかし決意したように全身に力を込め、すぐさまみそ飲めないガールに相対した。
「そうだよ! 好きだよ!! 悪いのかよ!」
 顔面中の血流を良好にして大きな声ではっきりと言った。これには思わず少女もはっと目を見開く。
「えっ嘘、本当に……? す、好きって言った?」
 戸惑う暮葉。
「そんなの、悪いわけ  ないじゃない」
 暮葉は耳を赤くしてうつむいたまま言った。
「暮葉、その言葉、ずっと待ってたかもしんない」
「……う、うん」
 唖然とする氷華の視線になど目もくれず、暮葉は朝日に寄り添い、ぎゅっと手を握った。さっきまでとは打って変わって急にしおらしくなった二人は、陽光の注ぐ山道を静かにゆっくりと歩み進めていったとさ。
「  ねえ、ピピア」
『氷華、どうしたピア?』
「もしかして、わたしってそろそろ結婚した方がいいのかな?」
「ピアッ、さすがにまだ早いピア!」
「だってわたしもう高校生なのよ。小学生であれだなんて、わたし  !」
 まだまだ若い十六歳。現役JK、純空氷華は言いようのない焦りを胸にバス停のあるふもとまで駆け降りて行った。

◇

 高校生たちの声でにぎわう教室。朝礼の時刻になり、クラス担任の早川(はやかわ)が教室へと入ってきた。
「みんな、おはよう! 今日はこの虹色高校で学校見学が行われる日だな。授業風景や学校施設を見学するため、小学生たちがこの学校にやって来るから、みんなそのつもりでいてくれよ」
「は〜い! 先生!」
 手を挙げて元気よく返事する生徒たち。どうやらすでに小学生ごっこが始まっているようだ。
『今日は公開授業ピアか。何だか新鮮ピアね』
「そうね、ピピア。今日は私たちがいかにハイレベルな集団なのか、下々の生徒たちに示してあげる日よ」
『どうしてそんなに高慢ピア。理解に苦しむピア』
 休憩時間が訪れ、早くも廊下には地元の小学生たちが集まってきている。
「見てー、目の前に広がるたくさんの高校生たち」
「本当だー、すごいねー。大人っぽいー」
 生で高校生を見た子どもたちは心から感動している。
「見て、暮葉ちゃん。あれが現役JKだよ。みんな将来はあんな素敵なおねえさんになるんだ」
「みんなって、朝日くんたちも?」
「そうだよ。僕たちはみんな素敵な現役JKに  ってならないよ!」
「わははは」
 今朝氷華が通学路で出会った小学生、朝日と暮葉。二人の息があった掛け合いを目の当たりにした氷華は思わず声を上げる。
「見て! 小学生がノリツッコミしてるわ! えらい!」
『驚愕ピア……。ピピアたちでさえ未だモノにできていない代物を、あの年齢でここまで使いこなすピア』
 突然ひとりで大声を出した氷華に対して小学生たちの視線が集中した、その時だった。
「シンシッシッシッシ。若さと若さのひしめき合い。わたくしにもあんな頃がありましたねえ」
 暗闇の中から突如現れた黒髭(くろひげ)タキシードの不気味な紳士。素敵な黒のステッキを持つ彼の名前は『シンシーア』という。
「シンシーア! ギルティ・チャージ!」
 そう叫ぶと、シンシーアは暗黒のエネルギーを放出する右手を朝日の背中へと叩き付けた。
「ぐはぁーっ!」
「朝日くん!」
 倒れ込む朝日に駆け寄る暮葉。しかし、呼びかけもむなしく彼は怪人アクヤークへと姿を変えてしまった。
「ウガァァーイ! テアラァァーイ!」
「うわぁー! 朝日くんが!」
 あまりの恐怖に逃げ出す子どもたち。突然廊下でヒーローショーが始まってしまったと戸惑う高校生たち。一目散に逃げる氷華。
『氷華、なに逃げてるピア! 早く闘うピア!』
「分かってるわよ。でも、あそこじゃ変身できないでしょ」
 廊下を走り抜け、女子トイレへと駆け込む。
「とはいえ、こんなところで変身するのもどうなのよね」
『いいから始めるピア!』
「しょうがないわね」
 氷華はポケットから小さなカードキーを取り出した。顔の前でカードを構え、瞳を閉じて唱える。
「ひとりでピュリキュア! エターナライズ・スリット・イン!」
 腕をすばやく振り下げ、胸の前でカードキーをスライドした!
 しかし何も起こらない。
『なんで勝手に変身の仕方を変えるピア!! 今までそんなカードなかったピア!』
「もう〜、たまには変えたっていいじゃない! なんで毎回おんなじような詠唱ばっかり……」
 駄々をこねながらも、氷華はエビフライ屋のポイントカードをしぶしぶポケットにしまった。
「やればいいんでしょ、やれば。ピュリキュア! アイシングパレード!」
 本来の掛け声とともに、女子トイレ内は大きな吹雪に見舞われる。
 いつの間にか制服は脱げ、気づいたら淡いブルーのコスチュームをその身に纏(まと)っていた。おろされていた黒の髪の毛は水色の四つ又ポニーテールに変わり、大きな氷の結晶の上に降り立つその姿はまさに伝説のファイター、ピュリキュアそのものだった。
「キンキンに冴(さ)えわたる澄(す)んだハート! ピュアシャーベット!」
『かっこいいピアー!』
 鏡の前で自分の姿を確認してから、シャーベットはアクヤークのもとへと駆けて行った。


 廊下の真ん中で暴れるアクヤーク。
「ウガァァーイ! テアラァァーイ!」
「まったく。こんな狭いところで闘っていたら、まわりに被害が及んでしまうわ。こうなったら早めに倒すしかないわね」
『場所を変えるのもありピア』
 ピピアの提案を無言で退け、シャーベットは右手を虚空に突き出した。
「来て! わたしのマイソード!!」
 するとそこに小規模な吹雪が発生し、シャーベットはその中から大きな氷の大剣を抜き出す。
「行くわよ、奥義! ステージ・スキップ・スティンガー!」
 シャーベットは瞬時に間合いを詰め、アクヤークの心臓部に鋭い一突きを入れた。
「ウガァァァァーイ!!」
 アクヤークは抵抗する間もなく大きなダメージを受け、あっという間に二段階目の姿へと移行した。
『久し振りに見たピア……。熟練したピュリキュアにのみ使用可能な奥義、〈ステージ・スキップ・スティンガー〉。これを受けたアクヤークは無条件で第二段階目に移行し、その後はつらつらと自らの罪悪感をしゃべり始めるというピア。禁じ手とも言える最強の便利技ピアけど、進行上あまりに都合が良すぎるピア!!』
「ウガァァァァ……」
 アクヤークは廊下に倒れ込み、頭部付近から暗黒のオーラを噴き出している。
「ウガァァ……テアらぁ、ウがァぁ  」
 顔面を覆っていたオーラは薄れて、元の少年の顔がそこから覗く。
「朝日くん、大丈夫!? どうなってるの、急にバケモノみたいになって!」
 心配そうに駆け寄る暮葉。アクヤークは正気を取り戻しつつある。
「ウガァぁ……。うう、真夜(まよ)ちゃん? あ、暮葉ちゃん」
「そうだよ、暮葉だよ! 分かる?   って、今真夜ちゃんって言った? それ三組の子だよね。何で真夜ちゃんの名前が出てきたの? ねえ、何で?」
「あ……いや、それは、その」
 暗黒オーラを放出しながらもうろたえるアクヤーク。
「シアーッ。今回はわたくしの出る幕はなさそうですね。黙って罪悪エナジー回収に徹しますよ」
 そう言ってシンシーアは左手を掲げ、溢れ出す罪悪エナジーを黙々と吸収していく。
『敵なのに物分かり良すぎピア』
 暮葉はアクヤークに詰め寄った。
「ねえ、どういうことなの? 朝日くん、真夜ちゃんとどういう関係なの!?」
「いや、別にどういう関係ってことでもないんだけど」
「そんなわけないでしょ! じゃあなんであの重要そうなタイミングで名前が出て来たの!」
「いや、そんなタイミングとか言われても……」
 アクヤークが中々罪悪感をしゃべり出さないので、仕方なくシャーベットは介入し始める。
「まあまあ、そう怒らなくてもいいじゃないの。それより、どんな罪の意識に苦しんでいるのか聞いてあげましょうよ。ね?」
 いつもより対応が冷たくないシャーベットだ。
「なに? コスプレババァは黙ってて!」
「はぁ!?」
『ピッ許さんピア!! 今の発言は許されないピア!!』
「ここ高校なのにどうしてそんな恰好でいるんですか? アニメのキャラみたいな。おばさんがそんな恰好しても変なだけですよ」
「ええ〜まだわたし十六なのにな〜。怒ったわよ〜。おねえさん、キレッキレに怒っちゃったわよ〜」
 そうしてシャーベットは、左手から小さな吹雪を発生させる。それをもろに受けた暮葉ちゃんは、ピキピキと音を立てて氷漬けにされていく。
「ちょっと、なにこれ。冷たい……!」
「痛くない、痛くないから。すぐ元に戻してあげるからね〜」
『老後になるまで一生凍ってたらいいピア』
「どうしてピピアがキレてるのよ」
 これはピュリキュアが一般人に危害を加えたかに思われる瞬間だった。しかし、実際は暮葉の周りに氷の防音壁を構築しただけで、身体的な被害は一切出ていない。このままではアクヤークが心情を吐露することができなくなるため、やむなく少女の周りに音を遮断する壁を築いただけなのだ。
 シャーベットの戦い方は、一見非情に思われるが実際は必要に迫られて行っている場合がほとんどである。自分の意志で行っているのではなく、状況に迫られてやむなく非人道的な行いをしているのだ。このように考えることで、シャーベットはしばしば罪悪感を生じさせないようにしているらしい。
「さあ、これでもう邪魔は入らないわ。あなたの罪悪感はなあに?」
「え〜と、実は僕、三組の真夜ちゃんに一目惚れしていて」
「わあ、恋バナってやつね! 聴かせて聴かせて」
「でも、最近何だか暮葉ちゃんのことも気になるし、あと保健室の先生と、塾が一緒の子も」
「どれだけ気になってるのよ!」
「仕方ないじゃん! みーんな好きなんだもん。真夜ちゃんたちと話してる時は楽しい気持ちになるし、みんなのことを考えるとドキドキして血流が良くなるんだ」
「へぇ〜それって何だか素敵なことね」
 シンシーアは、あくびをしながら罪悪エナジーを回収し続けている。
「でも、実は今朝、暮葉ちゃんに『好きだ』って言っちゃったんだ。それから手を繋いで学校に行ったりして、これってもう付き合ってるってことになるのかな?」
「そうね、もしかするとそうなのかもしれないわね」
「はあ。それじゃ僕は、好きな人が他にもたくさんいるのに暮葉ちゃんと付き合ってるってこと? それってなんだかギルティ感マックスって感じ」
『しゃべり方どうしたピア』
 黙って聴いていたピピアも思わずツッコむ。
「でも、これって僕は悪くないよね……。手を握って来たのはあっちからだし、好きって言葉も嘘ではないんだから、悪くないよ。うん、僕は悪くないはずだよ」
「う〜ん、そうね……。好きって言葉に責任を持とうとか、そもそも同時に複数人を好きになるのがいけないとか、いろいろ言えそうではあるけど……」
 シャーベットは首をひねりながら、左手の先に生み出した吹雪の中へと大剣を放り捨てた。
「あなた、いろんな人のことが気になるって言っていたけど、この子のことも本当に好きなのよね」
「そうだよ。その気持ちは嘘じゃないんだ! だから、暮葉ちゃんに嘘はついてないんだよ。僕はなんにも悪くないじゃん……」
 その顔は今にも泣き出しそうだ。罪悪感をすり減らそうと必死だが、その言葉とは裏腹に今も身体中から罪悪エナジーが溢れ出している。
「……ふふ、ここでわたしがやるべきことはひとつよね」
シャーベットは身体からうっすらと冷気を発し、慈愛に満ちた笑顔をたたえてアクヤークに近づいていく。
「ええ、悪くないわ。あなたはなんにも悪くない。ただ好きなものを好きと言っているだけ。それでいいのよ。それでもしもこの先誰かを傷つけることになってしまったとしても、自分に対して誠実であることを貫くあなたは、少なくともあなた自身には認められてもいいはずよ」
「え……?」
 シャーベットは両手を広げて微笑む。
「罪悪感は、自分を攻撃してくる自分自身。自分自身っていうのは、いつも自分と一緒にいるし、自分のことは誰より分かっている。そんな人から日夜攻撃され続けていたら、たまったものじゃないわ。だからこそ、まずは自分で自分をゆるすことが大事。たとえ世界中があなたの敵になっても、あなただけはあなたの味方でいてあげてほしいの」
「そんな……僕は、僕は……」
 アクヤークはその目からぽろぽろと涙を流し始める。
「たとえ誰かを裏切ったって、自分だけは裏切らないでいて。たとえ誰かに不誠実でも、自分にだけは誠実でいて。それがひとりで、生きるという道――」
 そう言ってアクヤークを抱きしめ、シャーベットは全身から強烈な冷気を放出した。これによりアクヤークの体温は急激に奪われ、その巨体はみるみる凍り付いていく。
「ありがとう、ピュアシャーベット。こんな僕に、ゆるしの言葉をありがとう……」
 アクヤークのこぼした涙の最後の一粒が氷結しようという時、シャーベットの装着したインカムにピピアの甲高い声が響いた。
『シャーベット、準備完了ピア!』
「分かったわ」
 シャーベットはアクヤークから少し距離を取り、左手をまっすぐ前に突き出した。
「ピュリキュア! ホワイトニングピューリファイ!」
 そう叫ぶとシャーベットの掌(てのひら)から真っ白な光波が放たれ、アクヤークは見る影もなくまばゆい光に包まれていく。
『  八十パーセント、九十パーセント。九十九パーセント、百パーセント! 浄化完了ピア!』
「ふう〜、終わったわね」
 シャーベットはほっと息をつく。
 光波の途絶えた後には何も残らない。アクヤークになっていた元の人間は、気づかないうちにヘルパーたちが回収していく。
「シンシッシ。今回は本格的に出る幕がなかったようですね。またお会いできる日を楽しみにしておりますよ。シンシッシッシッシ!」
 シンシーアはいつも通りの不敵な笑みを浮かべて、闇の中へと消えていった。
「う……冷たぁ、寒い!」
氷が解けて何とか解放された暮葉。
「あれ? 朝日くん、どこに行ったの? 周りの音全然聞こえなくなるし、すっごい寒いしで全然状況がつかめないよ」
 シャーベットが暮葉に声をかける。
「あはは、それは大変だったね。はい、これ毛布」
「あ、ありがとうございます。あの、ここに小学生の男の子がいませんでしたか? 名前は、えっと……あれ?」
 早速ピューリファイの影響が出始めたようだ。戦闘の場に居合わせた人たちは、ホワイトニングピューリファイによって記憶がどんどん浄化されていくのだ。
「あれ? とっても大切な人だったような気がするんだけど……」
「そんなの気にしなくていいわよ。どうせみんなひとりで生きていけばいいんだから。それより、学校見学はもう中止だろうから、あなたも早く帰りなさい。とりあえず風邪引かないようにね! ばいばい!」
「あ、はい。さようならー」
 シャーベットは廊下を真っ直ぐに駆け抜けていく。
『シャーベット、どこまで心が冷え切ってるピア……』
 彼女のあまりの冷たさにピピアは身震いを禁じ得なかった。

◇

 山の頂上付近にそびえたつ、今では営業されていない旅館、それが氷華の自宅だ。その地下には秘密の空間が広がっており、そこには三つの部屋がある。
うち一室は、戦闘時にシャーベットに指示を出すための通信設備が備わった指令室。もう一室は、イノセシアやギルセシアなど異界の歴史にまつわる文献が保管されている資料室。そして残る一室が、ピューリファイされた人間たちを安静に保管しておくための安置室である。
 安置室は三つの部屋の中でもっとも大きく、中に入るとその作りに驚かされることだろう。なんと、この山を丸ごとくりぬいてできた空間に部屋が作られているのだ。
その部屋の真ん中で、ヘルパーのひとりが言う。
「今回でついに四千人到達ですね」
「ええ、記念すべき最後の国民が、このようにかわいらしい男の子だなんて嬉しいことです」
 今日ピューリファイされた男の子もいつも通りヘルパーたちによって回収され、この部屋に運び込まれていた。
「それにしても、まさかこの山がすべて安置室にされていただなんて、ピュリキュアをやっていた頃には想像もつきませんでしたよ」
「それには私も驚きました。大きな山をよくここまで掘り進められたなと」
「まったく、ピピアのくちばしの強さには計り知れないものがありますね」
 談笑するヘルパーたち。
「ピュリキュアとしての記憶を取り戻せたのも、すべてピュアライスのおかげです」
「ありがとうございます、ピュアライス」
「ありがとうございます」
 次々に礼を述べるヘルパーたち。
「そんな、いいですよ。みんな今までがんばって来た同志なのですから。大事なのはこれからです。必ずや、崩壊したイノセシアを復活させて見せます。それまで、私について来てもらえますか?」
「はい、もちろんです」
「ええ、信じられるのはピュアライスだけですから。ここらでピピアに一泡吹かせてやりましょう」
 安置室内部、無数のベッドが並ぶ広大な空間の中央では、ピュアライスを含む十三人のヘルパーたちによる集会が開かれていた。天井には『四千人到達 おめでとう!』と書かれた垂れ幕がかかっている。
「そう言えば、今のピュリキュアはなんて名前でしたっけ?」
「確かピュアシャーベットでしょう。なんでも戦闘時の冷徹さはピュリキュアの中でも群を抜いてトップだとか」
「ピピアしか友だちがいなくて、クラスでも一匹狼タイプみたいですね」
「まあ、それじゃひとりぼっちというわけですね。いたたまれない」
 ヘルパーたちは歓談を続ける。
「シャーベットはこちらに来てくれるでしょうかね。ピュアライスはどう思いますか?」
「はい、私もそれだけが気がかりです。なんでも、ピュアステーキはそれが嫌で普通の人間として生きる道を選んでしまったそうですから。シャーベットが同じ道を選んでしまう可能性は十分あるかもしれません」
 不安げなピュアライス。
「でも、私はきっと来てくれると信じていますよ。なぜなら、シャーベットには友だちがいないそうじゃないですか。友だちもいないし、もちろん家族もいない。そして今はピュリキュアという義務的な活動によって日常がなんとか満たされているのかもしれませんが、すぐにそれも終わります。なぜなら目標人数が達成されたのですからね。こうして生きる意味を失った彼女は、きっと私たちと共に来てくれることでしょう」
「おお、やはり大丈夫そうですね。なんといっても彼女はひとりなのですから」
「ええ、その通りです。でも私たちと来れば、ひとりじゃない。四千人の国民たちと共に仲良く暮らせますよ」
「はははは。早く実現したいものですね」
「ふふふふ。本当ですね、すぐにでも」
 真っ白な装束を身に纏った十三人の女性たちは、祝いの席を心ゆくまで楽しんだのだった。


第五話おわり

◇

次回予告
 うわ〜、きれいな海〜! 今日はおばさんのお手伝いで海の家に来ているの! それなのに突然かき氷機が故障したり、台風が来たりでてんやわんや! なにかおかしいわねって思ってたら、アクヤーク! やっぱりあなたたちの仕業なのね!! もう〜、けがれた魂はピューリファイしてあげる! 
 次回、最終話『夏だ! 海だ! クラゲに刺された!』。すべて嘘です! お楽しみに〜!


(五)おわり  (六)へつづく







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