神様見習い始めました

アリス



気付いた時にはすでに手遅れだった。
車のクラクションが高らかになる。
そして僕は光に飲み込まれた。



「痛っ……」
 僕は体を抱きかかえて起きた。あれ、車にひかれたはずなのに何の不調もないぞ? おかしいな?
 ……ここはどこだろうか? 見るからに病院などではないだろう。僕の目の前には白を基準とした空間が広がっていた。知らない場所だけど何故だか落ち着く。僕が思うに僕は死んでしまったのではないかと思う。ここはマンガやアニメのように死後の世界なのかもしれない。
「三本松明(あか)梨(り)くん。あなたは17歳で地球での生を全うしました」
 あぁ、やっぱり。そう言って僕の前に現れたのは綺麗な女の人だった。たぶん女神様なのかな?
「あのー、僕って車にひかれて死んだんですよね?」
「そうですね。あなたは9月27日火曜日の22時17分に車にひかれてお亡くなりになりました」
「そう……なんですね……」
 自分でも引かれた時の感覚をなんとなくしか覚えていないので死んだという実感があまりない。僕は死んでしまったのか……。もっとやりたいこともあったのになぁ……。
「僕はこれからどうなるんですか……?」
「それも私の方からお話しさせていただきます。基本的に死んだ方には生きていた時の記憶を消して別の人生をやり直してもらうことになります」
「やっぱり、そのまま生き返るとかは無理なんですね」
「そうですね。元の世界で不都合などが生じてもいけませんので」
 そりゃそうだよな。異世界転生みたいな話も出てこないし死後の世界っていっても思ってたよりも普通だな。
 話を聞く限り、僕はこのまま記憶を消して別の人生を歩んでいくのだろう。そして、また死んだら今回と同じように記憶を消してやり直しの繰り返しなのだろう。
「……ただですね、今回の明梨さんの死は思いがけないものでしたのでこちら側としても少し対応に困っていまして……」
「……どういうことですか?」
 なんか雲行きが怪しくなってきたな……。思いがけない死ってどういうことだよ。
「本来、私たち神には人間がいつまで生きるかの寿命が分かるんです。実際、明梨さんは72歳まで生きる予定でした」
「じゃあ、僕はどうして死んだんですか?」
「すいません、それはこっちにも分からないんです。とても理不尽だとは思いますけど……すいません」
 そういって女神様が頭を下げる。僕はこみあげてくるものを感じる。どういうことだよ? どうして僕が死ななきゃいけなかったんだよ。
 そう思って僕は女神さまを睨みつける。女神さまは僕と目が合うと何も言わずにさらに頭を下げた。僕はその姿を見て少しだけ冷静になる。まぁ、この人に怒っても仕方がないよね。
「……こういうことってよくあることなんですか?」
「私も最近、神様見習いの期間が終わったばっかりでして詳しいことは分からないんです。すいません。でも、他の神に聞いてみたところそんなに多いことではないらしいです」
 しかし実際に起こってしまった。怒りたい気持ちは僕にもある。だけど誰を怒ればいいかも分からない。僕は不運としか言いようがないのかな?
「そう言えば、先ほど対応に困ってるとおっしゃいましたけど、それは一体どういうことなんですか? お話で聞いたように、僕が記憶を消して別の人生を生きればいいだけの話じゃないんですか?」
「お話の流れに沿っていくとそういうことになりますね。ですけど、実際はもう少しだけ複雑なんです」
「といいますと?」
「今回は特例でお話ししますけど機密事項でお願いしますね。私たちは私たちが観測した人間の死のタイミングを基準として次の人生を用意しています。簡単に言いますと死んだ後で次の人生について考慮するみたいな感じですね。しかし、それは私たちの観測できる範囲の上でのことです。なので、今回の明梨さんのように私たちの観測を超えた死には何も用意が出来ていないんです。用意しようとしましても、因果律などの関係上からすぐには用意が出来ないんです」
 なるほど……。僕は本来なら72歳で死んだあと、すぐに次の人生が始まる予定だった。だけど、何故だか分からないが早くに死んでしまったから、次の人生の予定がないと……。え? これからどうなるの?
「えっ……と。それじゃあ、僕はこれからどうなるんですかね?」
「それなんですけども明梨さん、神様になりませんか?」
「あのー、すいません。どういうことですか?」
「言葉が足りませんでしたね、すいません。先ほど説明しました様に明梨さんの次の人生は用意できていません。もし用意できるとしてもだいぶ先のお話になると思います。申し訳ありませんが、その間はここで暮らしてもらうことになります。ここは仕事場ですので、ほとんど何もありません」
 確かにここには無駄に広い真っ白な空間と鏡とかしかないな。
「そこで先ほどした提案が出てきます。神様は基本的には天界というところで暮らしてるんです。実際に、ここは天界にある私の家の一部みたいなものですね。天界にはそれなりの娯楽があります。ただ、明梨さんは人間ですので天界に行くことができないんですね。天界は一応、神様の世界ですので権限がないとほとんど何もできないんです。つまり、明梨さんには最低限の衣食住しか保証されません。ですから、私と一緒に働いてみませんかということです。そうすれば、一応神様の見習いという扱いになりますのでいろいろと出来ることも増えます。でも、神様になるということは二度と人間には戻れないということです。なので、その辺のことはきちんと考えた上でお返事を下さい」
 確かに時間をただ無為に過ごすよりは全然いいだろう。
転生のループを永遠に繰り返すことと神様になって暮らしていくこと。一体、どっちが幸せなんだろうか。僕は右手の人差し指で頭を押すように叩く。
 僕は短かった僕の人生を振り返る。楽しいこと、悲しいこと、苦しいこと。たとえ短くても、多くの思い出が僕にはある。確かに胸に刻まれている。それを消してまで転生したいか?
それに僕の人生を振り返る中でどうしても気になることがあった。だから、僕は神様に一つの提案をしてみることにした。
「お願いを一つ聞いてもらえませんか? 神様として働いていくにはこの心残りを解消したいんです」
「なんですか? 明梨さんについてはこちらの不手際ですので、ある程度までなら融通できますよ」
「じゃあ、お言葉に甘えまして。ご存知かもしれないですけど、僕は父子家庭だったんです。今回、僕が死んでしまったことで父さんを独りぼっちにしてしまったんです。なので、せめて父さんに別れの言葉を言わせていただけませんか?」
「……お父さんに別れを告げたいですか。そうですか……。一応、人間の世界との接触は禁止されてるんですけど……」
「そこを何とかお願いします」
 すると神様はため息をついて僕へと顔を向ける。
「まぁ、仕方ありませんね。こちらの不手際でもありますから特別にやってみましょう。ただ、絶対にできるとは言えませんよ? 神の決めた出来事を変えられるのは神しかいないんです。私も神とはいえ若輩者ですから、できるかどうか不安ですが、ご期待に沿えるように精いっぱい頑張りたいと思います。でも、実際に会うのは無理ですので夢枕に立つといった感じでよろしいですかね?」
「大丈夫です、よろしくお願いします」
 父さんに会えるなら何でもいいさ。せめて、父さんにはこれからも幸せに生きてほしい。
「では、お父さんが今どうしているかを見てみますね」
 そう言って神様は空間の片隅に置いてあった鏡を持ってくる。すると鏡が波打って段々と色が付き始める。そして、少し経った頃には父さんと見て分かるようになっていた。
『なぁ明梨、どうして死んでしまったんだ……』
 父さんの声から嗚咽が漏れてくる。僕は今まで実感のなかった死が押し寄せてくるのを感じた。そして自然と頬から涙が零れ落ちた。
『お前が……小学生の時に母さんが死んでしまって……俺は頑張って……お前を育てたさ。でも……でも……お前まで死んでしまって……俺は一体これから……どうすればいいんだ……』
 本当にごめん……。本当に……。僕がそうして涙をこらえていると神様が優しく僕を抱きしめてくれた。
「ごめんね。あなたをこんなひどい目に合わせてごめんね」
 そこからは涙が止め処なく溢れてどうしようもなかった。人前で泣くのなんて絶対に嫌だったのに。僕が少し泣き止んだころになって別の男の声が聞こえてきた。
『本当にすいません。私のせいでお子さんを……』
 この人が僕を殺した人だろうか。父さんに向かって土下座をしていた。どうして僕を殺した。どうして父さんを悲しませた。どうして……どうして……。
『君が謝ったからって明梨は帰ってこないんです……』
『本当にすいません』
『私はあなたの事情もお聞きしました。でも……私は……あなたを許さないでしょう……』
『はい、然るべきお怒りだと思います』
『ただ……ただ……あなたを恨みたくは……ないんです』
 男が言葉を失う。それはそうだろう。子供を殺されてしまった親から出てくるセリフではないだろう。でも僕はいつも通りの父さんだなぁと思った。いつも優しくて、そして厳しい時にはきちんとする。そんな父さんが大好きだった。
『あなたは……これから罪の意識に苛まれることでしょう。それは受けて然るべきだと思います。だけどこれから生まれてくるあなたの子供には何にも関係が……ないから……。だから明梨の分までしっかりと生きてその子を導いてあげてください。それがあなたへの罰です』
『……はい。……ありがとうございます』
 そしてその男も泣きだした。神様が状況を補足するように説明してくれる。
「状況分かる? 君は彼が出産に間に合わせるために車で急いでいた時に殺されたんだよ」
「そうなん…ですね……」
「許せとは言わないけど、気持ちは汲んであげてもいいんじゃないかな」
「そう……ですね。そう簡単には割り切れないですけど父さんが許しているのに僕が許さないっていうのもあれですね……」
 生きている父さんが受け止めて前を向こうとしているのに、僕がふてくされていては報われないだろう。全く死んだ後も僕に影響を与えるなんて本当に最高の父さんだよ。
 それから、しばらく父さんと男との会話を見ていた。そして男が帰った後も父さんを見続けていた。父さんが寝るまで鏡から離れずにずっと。
「お父さん、寝たみたいですけど行きますか?」
「そうですね……。お願いできますか?」
「はい、やってみますね」
 そう言って神様は僕の頭に触れる。神様の手から光が溢れ出して、段々と光が強くなっていく。そして気付いたら、さっきとは別の場所にいた。
『明梨さん、聞こえますか?』
「はい、聞こえますよ」
『そうですか、成功したみたいで良かったです。明梨さんは今、魂の状態で夢の中に乗り込んでいます。なので私の声は明梨さんだけに聞こえてます。帰りたいときは私に呼びかけてください。お父さんはそこから右に行ったところにいますよ』
「ありがとう、神様」
『それではまた』
 そう言うと神様の声が聞こえなくなる。僕は逸る鼓動を抑えるように右側に向かって走り出した。
 すると父さんが見えてきた。目がぼやけてくる。最後なのにこんなんじゃ駄目だよな。僕は自分の頬をぴしゃりと叩いて父さんのところに向かった。
「父さん……」
「明梨……か? 明梨なのか?」
「うん、そうだよ。ごめんね、父さんを独りぼっちにして」
「お前を守れなくて……ごめんな」
そう言って僕の頭を撫でる父さん。止めろよ、そんなんされたら折角我慢してたのに……。
「お前は泣き虫だなぁ……」
「……」
 何も言えなかった。父さんを安心させるつもりで来たのに不安にさせてしまったかもしれない。
「父さんを……一人にして……ごめん……。親孝行も出来なくてごめん。それと……それと……」
 頭の中に考えていた言葉がふわっと飛んでいく。あぁ、こんなことが言いたいんじゃないのに。もっと言いたいことがあるのに。
「泣くなよ……。こんな時に泣いてたんじゃ悲しいだけだろ」
 そう言いながら父さんの目から一粒の涙が落ちる。
「なんだよ、父さんも泣き虫じゃないか」
「そりゃ、親子だからな」
 そう言って、見合った僕らの顔は確かに笑顔だった。ぎこちないかもしれないけどもそれが僕らの精いっぱいだった。
「ねぇ、父さん」
「なんだ?」
「これからも自慢の父さんでいてね?」
「あぁ……」
「ずっとそばで見守ってるから」
「あぁ……」
「……」
「……」
 続かない言葉。言いたいことなんて山ほどあるのに言葉が続かない。
「なぁ、明梨。お前に頼みがあるんだ」
「なにさ?」
「もし天国で母さんに会ったら幸せだったと伝えてくれ。こんなことを頼める義理なんかないのは分かってる。だけど……」
 僕は父さんの言葉を遮って続ける。
「大丈夫、僕はいつまで経っても父さんと母さんの息子だから。すぐには無理かもしれないけど絶対に探し出して伝えるよ」
 それは多分無理だろう。転生のシステムを聞いた今となっては分かる。ただ、それを父さんに言う必要はないだろう。
「あぁ、お前は自慢の息子だから」
 父さんがそう言うや否や父さんの体が光の粒となって消えていく。
「どうやらお別れみたいだな……」
「そうだね……」
 僕が俯いていると父さんが僕の両頬を引っ張って顔を前に向ける。
「色々考えてることはあると思うけどとりあえず笑顔な」
 そしてぐいーっと頬引っ張る。最後の教えはとてもシンプルだった。バチンと頬から手が放される。
「そうだね……」
「じゃあ元気でな」
「そっちこそ元気でね」
 父さんから出る光が強くなる。そして父さんが光に包まれる。
「大好きだぞ」
 頭に伸びた手。届かない感触。だけど確かなぬくもりがそこにはあった。
「僕も……」
 そう言った時にはすでに父さんはいなかった。
「大好きだよ」
 上を見上げて言う。
『終わりましたかー?』
 すごいタイミングだなーと僕は苦笑しながら答える。
「もういいよ、神様ありがとう」
『じゃあ、こっちに戻しますね』
 僕のいない地球は朝を迎える。



「さぁ、神様の仕事を簡単に覚えてもらいますね」
「はい、よろしくお願いします」
「えっと、まず君は神様見習いになったんだから敬語は止めるね」
「あ、はい」
 神様って敬語でしゃべるもんだと思っていたから意外だな。
「今、意外って顔したね? まぁ、実際に仕事の時は敬語だよ。だけど仕事じゃないときは敬語じゃなくてもいいんだ」
「はぁ、なるほど」
「それじゃあ、簡単に仕事の説明をするね。まず私達の仕事はここに来た死者を次の世界に転生させること。転生させるにあたって大事なことがいくつかあるよ。その人が生きていた時にどんな善行をしたのか、またどんな悪事をしたのかなどそういうのを踏まえて次の人生を決めるよ。ただ、ここで大切なことはある程度、幸福と不幸が釣り合う様にすることかな。全員を幸福にするわけにはいかないってこと」
「はぁ……なんか少し曖昧ですね」
「そうだね。でも少しだけ考えてほしいんだけど、全員が幸福な世界っていうのはどうしてもありえないんだ。くじ引きとかで考えてもらうと分かりやすいかもしれないね。当たりを引けるのは数が決まってるんだ。誰かの幸福は誰かの不幸になり、誰かの不幸は誰かの幸福になるという風にループしてるんだ」
 言いたいことは何となくは分かるが、理解はしにくいな。
「まぁ、感覚的にでいいよ。そんな大事にはならないようにサポートはしていくつもりだから」
「よろしくお願いします」
「おっと、大事なことを言い忘れてた。今の君は明梨ではないからね? 神様達から見ると明梨だけど、転生するためにここに来た人には神様にしか見えないから。簡単に言うと明梨のことを覚えてる人が来たら面倒だから別の人に見えるようになってるってこと。後光とかが差すから人間には人というより神様にしか見えないらしいね」
 唐突に敬称がなくなったなぁ。まぁ、いいんだけど。言われたことに関してはまぁ納得できる。僕の知り合いとかもこれから来るんだから。僕はそれに対して仕事をしていかないとならないんだ。
「そうそう、知り合いだからって幸せにしたら駄目だからね。そこはきちんと基準に則って働いてもらうよ」
 お見通しですか。まぁ、この辺を考えるのは当たり前だから思考を読まれたというよりは、釘を刺されたって感じかな。
「まぁ、とりあえずは転生のことは考えないでいいから死者と話しときなさい」
「へ、それが仕事ですか?」
「今、そんな簡単な仕事かと思ったでしょう? でもこれがそうでもないのよ。人の気持ちは私達、神様でも分からないから話して理解するしかないのよ。それを引き出すのがあなたの仕事。そうすることで人の死を深く理解することが出来るからやっときなさい」
「はぁ、分かりました」
「それじゃあ、最初の人が来てるからよろしくね」
「え、いきなりですか?」
 そう言うや否や神様は奥の方に消えていってしまった。仕方ない、始めようか。


     CASE T

「大村君子さん、あなたは89歳で地球での生を全うしました」
 お婆さんが僕の方へゆっくりと顔を向ける。
「大村さん、言いにくいんですけどあなたはお亡くなりになったんです」
「ほうか……」
 お婆さんはゆっくりと頷いた。
「えっと、自分が死んだときのことを覚えていますか?」
 そっと首を振る。まぁそうだよな。死因が老衰だもんな。
「神様や、爺さんはどこにおるか教えてくれんのぅ」
「あなたのお爺さんはここにはいません。転生して次の人生を過ごしています」
「ほうか……。じゃあわしも爺さんの近くに送ってくれんか?」
「すいません、そこまでの干渉はできないんです」
「ほうか……ならせめて教えてくれ。爺さんは今幸せか?」
「幸せ……だと思いますよ」
 そう言うとお婆さんは優しく微笑んだ。
 このお婆さんがお爺さんと次の世界でも仲良くなれたらと思う。

「はぁ、疲れたー」
 お婆さんが転生した後で僕は一息つく。
「お疲れさま」
 神様が奥からやってくる。
「あのお婆さんが転生した先でお爺さんと巡り合えればいいですね」
「そうだね」
 その時にはお互いに記憶はないのだろうが、そうなってくれればなぁと切に願う。
「まぁ、最初にしては上出来だったと思うよ。この調子でこれからも頑張って」
 

     CASE X

「木内さん、あなたはどうして多くの人を殺したんですか?」
「殺すのに理由なんていらないさ。むしゃくしゃしたから殺した。俺にないものを持ってたから殺した。目の前にいたから殺した。ただそれだけさ」
 僕は雰囲気に呑まれて黙ってしまった。こいつは人の命を何だと思ってるんだ。僕ら、神様にはここに来る人間の情報が与えられる。僕はその情報を見て、少しだけ苛立っていた。
「あなたが初めて殺したのはお父さんらしいですね?」
 これが僕が苛立っていた理由。僕にとって家族はとても大切なものだから。
すると気に障ったのか、男はすごい剣幕でこちらの胸倉を掴もうとした。今の僕は神様なので、身体能力がかなり上がっていたので適当にあしらってやったが。
「だったら何だよ」
「お父さんをナイフで一突きしたらしいですね」
「うるせぇよ! てめぇに何が分かるんだ?」
「さぁ、全部じゃないんですかね?」
 するとさっきよりもすごい剣幕でこっちに向かってくる。まるで殺さんとするかのように。僕はそれを軽々とあしらいながら会話を続ける。
「木内依子さん、48歳で自殺。夫の借金で大変貧困な暮らしを強いられていた。しかしある日、夫は別の人と不倫して夜逃げする。以降、女手一つで子供を育て上げることに」
「やめろ……やめろぉおおお」
 そう言って僕に殴りかかっている。いい加減、僕には敵わないと分かってほしい。
「いくつもアルバイトを掛け持ちし、必死に借金を返済していく。息子はその姿を見て高卒で仕事に就くことを決意。二人で順当に借金を返済していく。返済間近になった時に不倫していた夫がフラれたと言って家に帰ってくる。しかし、そのころには大きくなっていたあなたが夫を撃退。息子に追い払われた夫は激怒し、あなたがいない時に家に侵入。そして二人で稼いだ金を奪おうとする。それを必死に守ろうとする依子さん。夫は頭に血が上り、依子さんが気絶するまで暴力を振るう。依子さんが起きた時にはボロボロになった家と空っぽの封筒だけが残っていた。息子が稼いだ金を奪われたことが何よりもショックだった依子さんはそのまま首をつって自殺。まぁこんなものか」
 確かにこの人は被害者かもしれない。僕にとっての父親とは尊敬するべきものだった。それよりも、いい加減殴りかかるのだけは止めてほしいな。考えが纏まらないじゃないか。僕は避けるのが面倒になってきたので腕をそのまま掴んで背負い投げをして地面に投げつける。
「あいつは死んで当然のやつだったんだよ」
「そうかも……しれないね」
「俺は……ただ……母さんに生きてて欲しかった。金とか関係ないから生きてて欲しかった」
「その気持ちは分かるよ。だけどね、それは人を殺す理由にはならないよ。というかね、どんなことでも人を殺す理由にはなりえないよ」
「うるせぇよ。分かるとか簡単に言ってんじゃねぇよ。母さんのためにあいつを殺したんだよ。どこも間違ってねぇじゃねぇか!」
 また、イライラしてきたな。何だこいつは? 少しは人の話を聞けよ。
「じゃあ、何で他の人を殺したんだよ?」
「うるせぇな。いい加減黙れよ」
「ただ助けて欲しかったんだろ? でも誰も助けてはくれなかった。そのせいで君のお母さんは死んだとでも思ってんだろ? 甘ぇよ。馬鹿か、お前は? みんな、何か背負ってんだよ。みんな、自分のことで精いっぱいなんだよ。助けて欲しかったら、そう言えよ。そうやって言えよ」
「……」
「実際にお前のお母さんがお前のお父さんを殺すことを望んでたのか? 分かるか? そんなの知るか。本当のことなんて誰にも分からねぇんだよ。お前がやったことは自分の罪を母さんのせいにしてるだけなんだよ」
「……」
 すごい剣幕で言ったせいか黙ってしまった。今なら少しは聞いてくれるかな?
「君がしたことはなくならないよ、絶対に。だけど……だからこそ……きちんと向き合えよ」
「……馬鹿らしい」
 そう言って目を閉じた。僕の言ったことで少しは殺した人のことを考えてくれればいいな。



「君が思ってる神様はあんなに口が悪いのかな?」
 僕は今、正座させられている。先ほどの言動について怒られているのだ。
「確かに君は間違ったことは言ってないよ。でも、それは本当に正しいのかな? 間違ってないからといって正しいとは限らないよ」
 僕は何も言えなかった。
「私はね、幸せは人それぞれ違うと思ってるんだ。たぶん、明梨ならこの意味が分かるはずだよ」
 そう言って神様は微笑んだ。
「さぁ、次からはこういうことがないようにね」

     CASE ]]Z

「大丈夫?」
 この子は入ってきていきなり吐いた。まぁ、死んだ状況を考えればしょうがないか。田森結花、20歳。無差別殺人の被害者の一人だ。
「ここは……どこなんですか……」
「簡単に言えば天国かな」
「私は死んだんですね……」
「残念ながらそうだね」
「私はこれからどうなるんですか……?」
「転生って分かりますか? あなたには記憶を無くして別の人生を歩んでもらいます」
「そうですか……」
 俯いて悲しげな顔をする。まぁ、唐突にこんなこと言われてもしょうがないよな。
「あなたは神様なんですよね?」
「まぁ、一応はそうです」
 彼女はそう言った後、悩んでいたが何か覚悟を決めたようだ。
「すいません、お願いがあるんですけど……」
「どうしました?」
 彼女が潤んだ瞳でこっちを見てくる。はぁ、面倒くさいことじゃなければいいけど……。
「弟の様子を見てみたいんです」
……この子も僕と同じか。そうだよね、気になるよね。
「たぶん辛いと思いますよ」
「それでも構いません。お願いできますか?」
 ここで退いてくれたら楽だったんだけどな。前に神様に言われたように人間の世界との接触は禁止されている。でも、僕は僕と同じような境遇の彼女を放ってはおけなかった。
 ただ、僕に神様と同じことが出来るだろうか? 分からないけどやってみよう。
「一応、人間の世界との接触は禁止となっているので内緒でお願いします。まぁ、出来るかどうか分かりませんけど最善は尽くしたいと思います」
「はい、お願いします」
 神様はあの時どうやってたっけ? たしか鏡を持ってきてたはず。あの鏡かな? 僕は鏡を彼女の目の前まで持っていく。そしてこの子の弟を映してくださいと念じてみる。すると鏡が色づいていく。成功したのかな。
『お姉ちゃーーーーん』
 耳を裂くような泣き声。小学生くらいかな? 結構年が離れてるんだな。僕は彼女の方をちらっと見る。彼女は自分の口元を両手で抑えていた。
『ねぇ、どうして死んじゃったの? 起きてよ。お姉ちゃーーん』
 弟君が彼女を呼ぶ。それに呼応するように崩れ落ちる。そして少しずつ嗚咽が聞こえてくる。彼女には悪いけどとりあえず鏡をしまうことにした。このまま見ていたら彼女の精神がどうなるか分からないから。
「大丈夫ですか?」
「はい……大丈夫です……」
「どうします? まだ見ますか?」
「いえ……結構です。ありがとうございました……」
 彼女の顔は晴れないままだ。僕はどうしようかと手で頭を小突きながら考える。はぁ、仕方ないか……。
「弟さんに会ってみますか?」
「え、会えるんですか? ぜひ……ぜひお願いします!」
「実際に会うわけにはいけないので夢の中で会うっていう感じになりますがよろしいですか?」
「はい、それでも大丈夫です。ありがとうございます」
 彼女の顔が少し笑顔になる。少しは笑顔になったのならやる甲斐があるかな。あーあ、後で神様に怒られること確定だよ。ちょっと弟との関係が気になるし、聞いてみようか。
「弟さんとはどういう関係なんですか?」
「弟は私の唯一の肉親なんです。弟が3歳の時に買いものに行った両親が事故に遭って死んだんです。それからお婆ちゃんのところに預けられました。弟にとって私は親みたいなものだと思うんです。なのに私は……」
 話をするたびに彼女の顔が曇っていく。弟を置いていった不甲斐なさがこみあげてくるのかもしれない。別にあなたが悪いところなんて全然ないのに。
「そうなんですか……」
 それ以上の言葉が出ない。励ましてあげたいのに何て言えばいいか分からない。これまで何回も死者と向き合ってきたのに一向に成長してないじゃないか。
「だから神様、こういう機会を与えてくれて本当にありがとうございます」
 僕は何も言えずに微笑む。あぁ情けない。それから彼女が弟に会いに行くまで他愛のないことしか話せなかった。



「最初に言ったと思うんだけど基本的に地球に干渉するのは禁止だよ。このようなことは勝手にするのは金輪際禁止。まぁ明梨がそうしたくなる気持ちは分かるけどね。誰かを特別扱いしたら他もしなくちゃいけなくなるんだ。厳しいかもしれないけどこれからは注意してね」
「はい、すいませんでした」
 僕は再び正座である。きちんと神様による教育が施されている。
「まぁ、あの子の幸せっていう意味ではあれで正解だと思うよ。そういう意味では良かったけどね」
「いえ、僕は全然駄目でした。あの時、彼女に声をかけてやれなかった。少しでも励ましてあげたかったのに上辺な言葉しか出てこなかったんです」
「上辺な言葉で何が悪いの? たぶん、この世の中の大半が上辺な言葉だと思うよ。それでもね、誰かが心配してくれてるってこと自体がその人の励ましになるんだよ。要は言葉じゃないよ、心だよってこと」
 神様はそんなセリフを僕にどや顔で言い放った。

     CASE ???]]]U

「ダルム君? 君は今どうなってるのか分かりますか?」
「……」
 相変わらずダンマリか。さっきからずっと話しかけているんだけど返事が一向にない。
「ダルム君? おーい、ダルム君」
 ダルム君はスラム街で生まれ、伝染病に罹って死んでしまった。彼は親から碌に食べ物も与えられず、高温や悪臭の中で暮らすことで体が衰弱していき、しまいには伝染病に罹ってしまった。
 神様、僕は今までいろんな人を見てきました。そして思うことがあるんです。次の転生を決める際にその人生の行動を考慮すると言っていましたが、それが問題なのではないでしょうか。不幸な環境に置かれた人は不幸を抜け出せずに悪いことをして不幸のループから抜け出せないまま終わってしまうと思うのです。だからと言って他にいい方法が思いついたわけでもないんだけど。
 そんなことを考えているとダルム君のお腹が鳴る。この世界では食事は概念的なものだから取る必要はないんだけどなー。それでも味はするから楽しめたりはするけどね。僕はダルム君から隠れて、パンを頭で念じる。すると右手にパンが出てくる。
「パン食べ……?」
 僕が食べると言い切る前にパンが奪い取られてしまった。こっちを一切見ずにパンをひたすらに食べ続ける。そんなにお腹が空いてたのか……。今なら少しは話してくれると思って近づいてみた。
「…………」
 すごい勢いで睨みつけられた。食べ物を奪うとでも思われてるのかな……。
「盗らないから安心してお食べ」
そういってダルム君から少し距離を取る。僕は頭の中で念じて様々な料理を出していく。
「ねぇ、僕とお話してくれるならここにある料理食べていいよ?」
 食べ物で釣ってみよう。そうすれば少しは話してくれるようになるかもしれない。
「なに?」
 うわ、余裕で食いついた。多分スラム街で育ったダルム君にとって食事は何よりも大事なものなんだろう。
「いや、ここにあるのが食べ終わったら僕と少しお話してくれる?」
「分かった、おじさん」
「お、おじさん……?」
 僕はこう見えても死んでから年を取ってないから高校生だぞ! まぁ、きっとダルム君から見えてる神様の姿がおじさんなだけだ……多分。ダルム君はそんな僕のことはお構いなしに食べ続けていた。
「さて、食べ終わったし聞いてもいいかな?」
 何も言わずにただ首だけを縦に振る。
「君は今、どういう状況か分かってる?」
「知らんおじさんと二人きり」
 うん、そういう言い方をされるとこれから悪いことが起きそうな気しかしないね。ツッコみたくなる気持ちを抑えて続ける。
「うーん、そういうことじゃなくて自分が死んだっていうのは分かる?」
「何となくは」
「そう……君は伝染病に罹って死んだんだ」
「そう」
 あっけらかんとした返事。自分が死んだと聞いたら少しはびっくりするかと思ってたんだが。
「死んだって聞いてもびっくりしたりしないんだね?」
「まぁ、伝染病に罹ってたからな。それに死ねてよかったし」
「死ねてよかった?」
「生きていてもいいことなんて一つもなかった。生きるのが苦痛だった」
 胸が痛んだ。自分より小さい子がそのように感じて生きていたなんて。
「ねぇ、これから俺はどうなるんだ?」
「あ……あぁ、転生してもらうよ」
「それって絶対? このまま何もせずに消えてくことって出来ないの?」
 僕には何も言えなかった。この子は新しく始まる未来でさえあきらめてしまっている。どれほど……どれほどの過去があったらそんな風に。
「無理なの? じゃあせめて次は簡単に死ねるようなところにしてね」
 彼が黒い目で見てくる。僕は目を合わせることが出来なかった。


「神様、幸せってなんですか?」
 今回、それがすごく分からなくなった。
「そう簡単に分かったら苦労はしないよ」
「そうですか……」
「でもね、彼の幸せは死ぬことじゃないわ。これは絶対にそう」
 神様は僕の目を見て続ける。
「確かに、彼の本当の気持ちは分からない。だからこそ、私達は話すことで相手の気持ちを理解しようとしなければならないの。たとえ理解できなくても、それでも理解しようと向き合わなくちゃいけないの。だって私たちは神様なんだから」

     CASE ????]]]X
「七瀬愛華さん、あなたは15歳で地球での生を全うとしました」
「……はい」
 僕はすでに定例文みたいな言葉を告げる。この子はいじめから耐え切れずに屋上で飛び降りて自殺した。基本的に自殺するのは十代から二十代後半くらいの人が多い。理由としては若いので病気などでは死ににくいからだと思われる。
 僕はどうやって話そうかと考えていると、向こうから話を切り出してきた。
「神様。どうして……どうして……いじめなんてあるんですかね……」
「僕が思うに人間は何かを見下していたい生き物なんだよ。それが何でもいい。ただ自分が他者より優れているところを見つけて自分を守ろうとしているだけさ」
「じゃあ……私はみんなより……劣っていたってことですよね」
 彼女が強く唇を噛みしめる。
「それは……違うんじゃないかな?」
「じゃあ、じゃあどうして! 私はいじめられたんですか!」
「だからさっきも言ったけどそこには深い理由はないと思うよ。ただ自分より下の存在を作って安心したかっただけさ」
「何も、何も違わないじゃない。私が出来損ないだから? 私がクズだから? 結局私という人間は劣っていたのよ」
「違うよ」
 さっきよりも強めに言う。まぁ、確かにそう思ってしまうのは仕方のないことかもしれないな。僕はこれまで自殺してきた人を十人くらいは見てきたけど……。
「じゃあさ、君には特別に見せてあげるよ」
 そう言って僕ば鏡を取り出す。そして彼女の死んだ後の様子を映しだす。
『アイ……どうして死んじゃったの……?』
「……ココ」
『何でいじめられてたなら相談してくなかったの?』
「……」
『ねぇ教えてよ……アイ……』
 ココちゃんの目から涙が零れ落ちていく。そして鏡がまた違う風景を映す。
『本当にあんたは……』
「おかぁじゃん……」
『小さい頃から……いつもいつも……』
「おかぁざん……おがあさん……」
『本当に……』
 そこからは彼女のお母さんは本格的に泣き出してしまって言葉にならなかった。
 そこからはしばらく見続けていた。その横でずっと彼女は泣いていた。自分でも結構残酷なことをしたのは分かってる。それでも分かって欲しかったから。
 ある程度落ち着いたところで僕は彼女に話しかける。
「ねぇ、分かる?」
「何が……ですか」
「僕はね、今までそれなりに自殺してきた人を見てきたよ。だけどねみんな、自分の死を悲しんでくれる人がいるんだよ?」
「……」
「確かに君はいじめられっ子からしたら劣っていたのかもしれない。けどね君の友達にとってはむしろ君の方がかけがえのないものだったんだよ。分かる?」
「……はい」
「よく言われてるけどさ、人間って結局一人では生きていけないんだよ」
「そうかも……しれないですね」
「逆に言えばさ、絶対に一人だけってことはないんだよ。君にも僕にも悲しんでくれる誰かはいてくれるんだよ」
「そうですね……。何かごめんなさい……、神様に愚痴ってしまって」
「いや、全然いいよ。だって僕は神様だから」
「なんですか、それ」
 そう言って僕は彼女に笑う。そして彼女もそれにつられて笑う。願わくばこの子に幸せがあらんことを。


「いやー、明梨も成長したね。もう立派な君様じゃないか」
「それほどでも」
 僕は照れながら受け答える。
「これからもよろしくね、明梨」
「こっちこそお願いしますよ、神様」
 僕らはお互いに笑いあう


 ある日のことだった。僕は神様に突然呼び出された。
「神様ー、僕を呼び出して何の用ですか?」
「あぁ、いきなり呼び出してごめんね」
「まぁ別にそれはいいですけど。一体何の用事ですか?」
「明梨、次で何人目か覚えてる?」
「えっと見送った人の数ですか? すいません正確には覚えてないですね」
「次で千人目だよ」
「おぉ、結構仕事したんですね」
「でそろそろ神様見習い卒業かなと思いまして」
「何か特典とかあるんですか?」
「いや、ないけど」
「そうなんですね……」
「神様になれるってことなんだけどね……」
「まぁ嬉しいは嬉しいですけどね」
「次は君に転生後まで決めてもらおうと思う」
「そうなんですか? 何か緊張しますね」
「……うん」
「まだ何かあるんですか?」
「……うん」
「勿体ぶらずに言ってくださいよー」
「次の人ね……」
 時間が止まったような気がした。何故かこの先は聞いてはいけない。そんな予感を体が訴えていた。
「三本松陽介さんよ」
「嘘……でしょ……」
 聞きなじみのある名前。もう二度と聞けないと思っていた。願うなら聞きたくはなかった。
「つまり君のお父さんよ」

     CASE ?

「三本松陽介さん、あなたは59歳で地球での生を全うとしました」
 何も言っていいのか分からない。とりあえずいつも定例文を言うことにした。
 59歳ってことは僕が死んでから八年くらい経っているのか。正体が僕だってことは言ってはいけない。そして久しぶりに見る父さんに何を話していいか分からなくなる。あー、もうどうしたらいいんだ!!
「おーい……おーい、神様」
「あ、はい。何ですか?」
「いえ、お声をお掛けしても返事がなかったので」
「あぁ、すいません。少し考えていたもので」
「一応、確認なんですけどここって天国ですかね?」
「はい、そうです」
「えっと、妻と息子が先に来ているかと思うんですけどもいらっしゃいますか?」
 僕は涙が出そうになるのをグッとこらえる。まだ、僕たちのことを覚えててくれたんだ。僕は手をギュッと握りこむ。
「すいません、死んだらすぐに転生ってことになっているのでいないと思います」
 胸が痛い。本当は今すぐに僕だよって言いたい。
「そうなんですか……。それは少し残念ですね」
「すいません、出来ることならこちらとしても会わせてあげたいのですが」
「いえいえ、無理言ってすいません。ありがとうございます」
 あぁ、僕は父さんに何もしてあげられないのか? あれだけたくさんのことを父さんにもらったのに。
 そうだ、父さんも僕と同じように神様にしてしまえばいいんじゃないか? でも僕が勝手にそんなことしていいのだろうか? それは次の転生で父さんが得られる幸福を僕が奪い取るのと一緒ではなかろうか? 僕は右手で頭を叩きながら必死に考えていた。すると父さんが僕に話しかけてきた。
「ねぇ神様。私は今回の人生幸せでした。最高の妻と最高の息子だったと思います」
「そうなんですね……」
「少し不思議なことなんですけども、息子が死んだ後に息子に夢の中にあったんです」
「……」
「今、思えば神様がくれた奇跡だったのかもしれないですね」
「……そうですね」
「神様、何か悩んでいませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
 僕は気取られないように言う。
「少しおせっかいかもしれないですけど、アドバイスを一ついいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「多分色々考えていることがあるんでしょうけどとりあえず笑いましょう。そんな顔してたらいい考えも思いつきませんよ」
 僕はハッとする。それは父さんが僕に夢の中で言った言葉。父さん……。僕は父さんとの今までを振り返る。そうだね、父さん。
「いい笑顔になりましたね」
「はい、いいアドバイスですね」
 僕の心はすでに決まった。
 その後、僕らは歩いて転生の門まで来た。ここをくぐれば新しく転生される。
 僕は父さんを神様にはしない。思い出に縛り付けて、次の幸福を奪うのは違うだろう。父さんは次の人生でさらに幸せになってもらう。今回の転生の内容を決めるのは僕だ。文句は誰にも言わせない。え、身内びいきだって? こんな最高な父さんだぞ? 誰も文句なんか言わないさ。
「それでは準備はよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは門を開きますね」
 そう言って僕は門を開く。
「さぁ、こちらをくぐってください。新しい人生があなたを待っていますよ」
「はい、ありがとうございます」
 父さんはそう言って門の前までゆっくりと歩いていく。ふと何かを思い出したように振り返る。
「すいません、もし妻に会ったら愛してると。息子に会ったら大きくなったなとお伝えくださいますか?」
「……はい、分かりました」
 そして父さんは再び門へと歩き出す。そして門に入る。
バイバイ、父さん。愛してるよ。
「泣き虫だな」
 そんな声が響いた。僕は父さんを見る。父さんの顔も泣いていた。そして父さんはそれ以上、何も言わず門に消えていった。
「自分だって泣き虫じゃないか」
 誰もいない部屋に僕の声だけが響いた。



 それから少し経って僕は神様を探した。しかし、神様は見つからなかった。もう少し探すと手紙が見つかった。
『明梨へ
 君はもう私なんかより立派な神様だよ
 よって正式な神様として認めます
 後のことはよろしくお願いします
           神様』
 は? どこに行ったんだよ? そんな僕の心をよそに、その日から神様は僕の前から姿を消した。
 僕はそれから神様として働き続けた。他の神様とも知り合いになり仲良くなった。
 僕はあれから必要以上に働き、しばらく他の神様に仕事をお願いした。
 あのままお別れなんか嫌だしな。それにパッと姿を消しやがって。こっちにだって言いたいことはあるんだからな。
他の神様に聞いてそれなりの目撃証言もある。僕は神様を探すための旅に出た。
 僕はあれから様々な場所を探した。目撃証言が新しい場所から順番に次々と。しかしどこにも見つからなかった。
「ここが最後の目撃証言のある場所か……」
 綺麗な草原。見渡す限りに人影は見えない。
「ここでもないか……」
 どうしよう。目撃証言がある場所は全て探したからな……。仕方ない、適当に色んな場所に行ってみよう。まずはここから近くにある川に行ってみようか?
 川に着いたけど誰かいないかな? 聞き込みしてみるのもいいかもしれない。川の麓に家があるから聞いてみよう。僕はそう思い、家まで近づきノックする。
「すいませーん」
「はーい」
 ガチャっとドアが開いた。そこには神様がいた。
「えっ?」
「えっ?」
 バタンとドアが閉まる。僕は力づくでそれを開けようとする。
「何でここが分かったの!?」
「適当にノックしたらあなたの家だっただけですよ」
 そしてそのままドアをガチャガチャと繰り返し続けた。その結果、お互い疲れ果てた。お互い息があがるくらいには疲れ切っていた。
「と、とりあえず……話してくれませんか」
「そ、そうね……上がって」
 そうして僕は神様との遭遇を果たした。


「よくよく考えたら明梨って一応、私の眷属にあたるんだから何となくでも分かっちゃうのか……」
 これが適当に歩いて見つかった理由らしい。そういうことなら最初から適当に探せばよかったよ。
「で、わざわざ何しに来たの?」
「いやいや、あれから放っておくのはひどくないですか?」
「そう? きちんと一人前になったんだからいいじゃない」
「いやいや、そういうことじゃないでしょ」
「いやいや、そういうことでしょ」
 そこからは押し問答だった。お互いがお互いの意見をぶつけ合うだけだった。僕は少しずつ腹が立っていた。何でちゃんと言わないんだよ。
「だからきちんと一人前に育てたでしょ?」
 神様が僕に向かって言う。向こうも少し腹が立ってきたみたいだ。
「逃げないでよ」
「だから逃げてないって言ってるでしょ」
「そういうことじゃない!!」
「……」
 僕が今までと明らかに違うように言う。
「ねぇ、分かってるんでしょ?」
「何がよ?」
 まだ白を切るつもりか。それなら僕だって……。
「ちゃんと自分の口から言ってよ、母さん!」
「えっ」
 神様の顔が青ざめていく。
「違うって、何言ってんのよ!」
「……」
「だから……違うのよ……」
「……」
 僕は黙って首を振る。そして神様を見つめ続ける。神様はただこぶしを握り締めて震えていた。
「どうして……どうして……分かったの?」
「僕は神様だからね」
 僕は少し笑いながら言う。本当は根拠だってある。けどそんなことをグダグダ言う必要もないだろう。
「……そっか」
「ねぇ、神様? いや違うな? 母さん、教えてくれよ」
「……そうよ。私があなたのお母さんよ」
「……そっか」
「そうよ。私は逃げたのよ。明梨を殺してしまったのも多分私のせい。明梨が父さんに選んだ選択を見て私のこと恨んでるのではと思ったのよ。だから私は明梨が父さんを転生の門に連れて行ってるときに手紙を書いて逃げたわ。どう、最低でしょ?」
「……」
 僕は黙って首を振る。
「帰って。私は明梨のお母さんでいる資格はないの」
「僕はさ……母さんと一緒にいたいよ?」
「駄目! 私はきっと無意識のうちに、またあなたを苦しませてしまう」
「母さん……」
 母さんが目元を覆って泣き崩れる。僕はそんな母さんに……。
「ねぇ、母さん。神様がさ、昔教えてくれたんだ」
 返事はない。だけど僕は言葉を続ける。
「人にはそれぞれの幸せがあるってさ」
「僕にはさ、僕の幸せっていうか夢があってね」
「僕はさ、父さんと長い間暮らしてきたんだ」
「でも僕は母さんともまた暮らしてみたかったんだ」
「だからさ、僕と暮らしてくれないかな? 神様」
 母さんが目に涙を溜めながら、僕を見上げる。
「でもさ、これは僕の勝手だよね?」
 母さんがそっと首を振る。
「それにさ、これも誰かの受け売りなんだけどね」
「色々考えてることはあると思うけどさ、とりあえず笑おうよ」
「僕は悲しんでる神様なんてみたくないしね」
 母さんは僕を見つめる。
「私で……いいの?」
「母さんがいいんだよ。それに僕だって父さんに僕はいつまで経っても父さんと母さんの息子だから」
「もう一回だけ言うよ?」
「僕と暮らしてくれないかな? 神様」
 母さんは泣いた顔をくしゃっと崩して笑う。
「そこは母さんっていいなさいよ、明梨」
「そういや母さん、父さんから伝言があるよ」
「何て?」
「愛してるよだってさ」
「そっか、私も愛してるよ」
 母さんの声が空に吸い込まれるように溶けてく。
 父さん、母さんは僕が絶対に幸せにするからね。


「母さん、荷造り終わった?」
「もう少し待ってー」
 今は元の家に戻るために母さんが荷造りしている。
「何だこれ?」
 そこにあったのは一冊の分厚いノート。パラパラとめくってみるとそこには僕が担当した死者とその様子と母から言われたアドバイスが書いてあった。そのままページをパラパラとめくると父さんのページがあった。
 じゃあ、ここで終わりだなと思い、次のページをめくった。
     
      CASE 0
        三本松 雪華
 これは僕という神様見習いが生まれて終わるまでの物語。




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