っていう夢を見たんだ

アリス



「カンパーイ」
 多くの声が混ざり合った。やっぱり最初の一言はこれだろう。僕はみんなと掲げたグラスを口元まで持っていき、飲みだす。
 今、僕は飲み会をしている。メンツとしては高校の時の部活のメンバーだ。自分らの代と一つ下の代である。全員が集まったわけではないが結構多くの人が集まった。
 しかし僕はそんな和気藹々とした中で沈黙していた。なぜなら僕の席のメンツだけやたら濃いのである。四人掛けの席であるが一人はうちの代の部長、もう一人はこの飲み会の企画者である一つ下の代の女の子、もう一人は不登校となり途中から部活にこなくなった一つ下の代の男の子である。
「あー、最近お前ら調子はどうだ? ハク、お前大学で何してんだよ」
 ナイス、部長。とりあえず、話を振ってくれたことに感謝である。ちなみにハクとは俺のことである。
「うーん、特に何もしてないかな?」
「だよなぁ? 大学何てそんなもんだよな?」
「ですねー」
 俺ら、三人が頷きあう。不登校だった康太を除いて。
「へぇー、大学ってそんな感じなんすね」
「お……おぉ、そうだよ」
 それで会話が終了した。自分のコミュニケーション能力の低さが辛い。
「みんな変わったなー」
 部長、再びナイス。こいつはやっぱり相変わらず有能な奴だな。
「だよなー」
「ですねー」
 俺と企画者である鶴田が周りを見回して言った。
「というか部長が一番変わってるんじゃね?」
「そうか、そんな変わってないと思うけどな?」
 そう言って笑いあう。よし、そろそろ場が温まってきたな。
「ですね、みんなあの頃から  」
 康太がそう言う。
 あの頃か……。俺は絶対に忘れないだろう。あの光景を。
 僕らの部活は県大会ベスト8で終わった。ベスト4に入れば四国大会に出ることが出来たのに負けてしまった。
僕はその時にすごく胸が苦しくなった。今までかけた時間が消えちゃうかのように。実際、消えないなんてことは分かっていた。それでも、今までのような練習はなくなりみんなとも会えなくなるんだろうって。
「僕は先輩や同期に感謝してるんです」
 康太のセリフが俺を現実へと引き戻す。俺はこいつの先輩だったのに何もしてやれなかったんだよな。俺は思い切って聞いてみることにした。
「なぁ、康太。お前、どうして不登校になったんだ?」
「おい、それは  」
 部長が俺の言葉を遮ろうとしたがその前に康太が言う。
「いえ、今日はそのことについて話そうと思って来たんです」
 康太が俺たちをゆっくりと見回す。
「聞いてくれますか?」
 俺たちはただゆっくりと頷いた。
「始めはたまたまだったんです。電車に乗り遅れた、ただそれだけだったんです。それでその日はサボったんです。ただ、それから学校に行くのが億劫になってしまったんです。学校が嫌いなわけでもない、部活が嫌いなわけでもない。だけど学校には行かなくなってしまったんです」
 康太が神妙な面持ちで話す。僕らはそれを黙って聞いていた。
「何度もやめようとはしたんです。それでもできなくて。それでそのままズルズルと不登校になったって感じです」
 俺は初めてこいつの不登校になった理由を聞いた。
「先輩や同期のみんなには謝りたくて来たんです」
「そうか、でももう大丈夫なんだろう?」
「はい、お陰様で。心配をおかけしました」
 俺らはゆっくりと目を合わせた。
「そうか、じゃあ乾杯してやらないとな」
「さすが、部長いいこと言うな―」
「ですよねー。康太、酒飲める?」
 お酒を飲めない人に勧めるのは駄目なので鶴田が確認を取る。
「もちろん大丈夫ですよ」
「そうかじゃあ」
「「「「カンパーイ」」」」
 今夜はまだ長い。



 僕らはその後、席を変わったりして色んな人と語り合った。僕らは一件目のお店を出て二件目へと繰り出していた。もちろん、一件目で帰る人なんて誰もいなかった。それほどまでに久しぶりのメンツで集まるのは楽しかった。二件目は鍋のお店だった。ここでは飲み過ぎた同期の一人が鍋が始まる前に寝ていた。こいつは二次会に何をしに来たんだと思った。
 そして僕らは酔ったテンションで部活の顧問にテレビ電話をしようと言い始めた。夜も遅いというのに顧問の先生は電話に出てくれた。一人一人に一言をくれた。そして、僕らに今度は俺も呼べよと一言残して電話を切っていった。
 楽しい時間ほどすぐ過ぎるとはよく言ったものだ。そろそろ終電の時間に近づく人も増えてきたようだ。康太もその中の一人だったようで帰るようだった。
「先輩方、みんな。今日はありがとうございました。また一緒に飲みましょう!」
 俺らは手を振って康太を見送った。康太は俺らを見てにっこりと笑って扉を閉めた。
「すいませーん、駅ってどっちですか?」
 数秒もしないうちに帰ってきた。入口に近い俺が康太を駅まで送ることになった。
「すいません、先輩。つき合わせちゃって」
「気にすんなって。そんな遠い距離でもないしな」
 つかの間の沈黙。康太から俺に話を振ってきた。
「先輩、今日は話を振ってくれてありがとうございます」
「不登校の件か? 悪いな、あんな聞き方しかできなくて」
「いえ、みんなに聞いてもらえてよかったです」
「そうか……。俺も今日、お前に会えてよかったよ」
「俺もっすよ。たぶん、というか俺の時間の中で一番楽しかったのって部活してたときですから」
 その言葉を聞いてふと涙が溢れそうになった。そういうことを思っていたのは俺だけではなかったのだ。
「だから今日みんなに会えてよかったです。あ、先輩ここからは道分かるんで大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「おう、またな」
「はい、さようなら」
 俺は寒い夜風に打たれながら考えていた。卒業したら変わってしまう。それは実際に事実だった。だけど変わってしまっても大好きだなんてそんな夢みたいなことがあったんだ。
 入口の扉を開けたら、「っていう夢をみたんだ」って言いたくなるようなそんな夢オチみたいな素敵な景色が待っていたんだ。
 変わってしまったけど変わる前よりもこいつらが好きになった気がしたんだ。



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