犬の同窓会 プロテイン 1月3日。今日、当時茨木で幅を利かせていた子犬グループの同窓会がある。 同窓会なんて成犬になった時以来で、それが最後の集会だと決めていた。だから思い残すことがないよう悪友と暴れ回ったから、昔のメンバーに声かけて、もう一度再結集させるなんて気恥ずかしかったし、正直面倒臭かった。それでも俺は数カ月前からこの日のため準備を重ねていたんだ。 なぜ嫌なことにそんな頑張る必要があったって? 理由は2つある。 まずそりゃ、俺が当時そのグループで頭を張ってたからだ。総数100匹からなる小さなギャング集団をまとめ上げ、茨木に覇権を轟かしたんだぜ。 もう一つが、俺たちに会いたいって恩師が零していたのを人伝に聞いてしまったからだ。恩師からよく、お前はいつか日本を背負うだろうなと言われていた。当時ガン飛ばしまくり喧嘩に荒れていた身からすると、その言葉は何より俺の支えとなった。恩人の為には一肌脱ぐっつのが俺の信条よ。 さて同窓会開始もう30分前だ。別にちっともワクワクなんかしてねぇ。けど俺も少しは楽しみにしていた。 真の成犬になれただろうか。子犬の頃付き合いで俺の弱い・強いを知っている奴らと再び会うことで自分の成長を確かめられるはずだ。この数年間色んなタイマンをはってきた。敗北の数の方が多いが、敗けたからこそ見えてきたものが沢山ある。 以前の自分はブルドッグだ。垢抜けない、野暮ったかった。けど今は違う。負うものが背中にある。大きな責任と期待が掛けられている。だから今の俺は土佐犬へと進化した。逞しく、優しさに裏付けされた強さを手に入れた。賢く、エリート犬に俺はなった。どれだけ自分が変わったのか、この会で確かめられる。俺はぐっと前足を固めた。 店の前に着くと、柔らかい香りが鼻を騒がせた。 「もう、しげ遅いで。早く座敷の準備せんと」 どうも俺より先に来て待っていたらしい。 「あ、ごめんごめん(笑)。美しい犬になったなぁ。誰か分からんかったわ」 「フン。ほんっと昔から全く変わってないなー」 彼女はダルメシアン。俺と一緒に組織のツートップだった女だ。賢く立ち回りの器用な、いい女だ。俺が力技で目立った仕事をする一方、細やかな調節を請け負ってくれた。 集金はダルメシアンに任せ、俺は店前で奴らの出迎えに当たった。寒みぃからな。 おいおい、なんかあっちから俺のことじろじろ見てくる奴が近づいてくる。うさんくせぇ奴。いや我慢、我慢。やるのは人を守るときだけだ。 「仁王犬立ち、怖いなー(笑)」 ああ、んの野郎……。 「おお、久しぶりやん! 秋田犬。幸せ太りしてからに(笑)」 「そうそう、実は結婚する予定やねん」 まじかよ……。 「おおおー! おめでとう。結婚式呼んでなー」 「二次会からな」 ……。 そんなこんなで宴会が始まった。 どいつも酒酌み交わして楽しそうに談笑しとる。ひたすら仕事の愚痴り合いに耽っている姿。最近できた彼女の自慢話を嫌そうに聞いている独り身の野郎ども。昔話で恥ずかしい話を暴露され身悶えしているやつら。卒業後の軌跡を聞きながら楽しそうに静かに微笑んでいる先生。 同窓会を眺めながら飲む酒は、格別に心に沁みた。 成犬時の同窓会の際、俺は全員の輪の中心におるのが当然だ、優秀なんやからと本気で思っていた。だから、どの会話にでも加わっていないと気がすまなかった。そうせんと、自分の居場所が失われると怖かったんだ。 でも今は違う。皆の喜んでいる姿に、俺の心も静かに自然と同調しているのが分かった。俺はもしかして…。 「みんなの成長している姿見れて安心した」 隣に座った恩師からふと声を掛けられた。練習中、サングラスをかけ腕を組みながら口をきゅっと絞った姿。今の恩師はニコニコしていた。俺は目元がジンと熱くなるのを感じながら、「先生の人徳でこんなに人が集まりました、ありがとうございます」と告げようとした。 「先生、俺のいいところってどこでしょうか?」 いいながら自分で驚いた。こんなこというつもりなかったのに。 「お前は変わってないな」 笑いながら続けられた言葉は……。 「気遣い、器用さ、そういうのはセンスがあるかないか。お前には全くないな。人のことみれてないな。けど、愚直さ。それはお前の最も誇っていいものや。これから行く場所は、高学歴が大勢引き締め合っているところや。権威に弱いお前では憶するやろうけど、その愚直さを分かってくれる環境は必ずある。初めはなんやこいつと思われるかもしれんが、粘るんやで。きっと芽は開く。俺もお前の愚直さをそうやって評価したんや」 俺のままや…。 土佐犬やない。ブルドッグや。垢ぬけない、素直で愚直なブルドッグのままや。けど別にそれが嫌じゃない。むしろそう考えるほど笑みがこぼれ出た。 自分を受け入れることがやっとできた……。皆と別れて一人夜道を歩きながらふと思った。幾つも成功を収め、失敗しながらも泥臭く這い上がり、どんなことでも必ず次に活かし続けてきた。その自負はある。それでも数カ月前までは、ありのままの自分を受け入れることは、現状への甘えであり、次への成長を阻害する要因だと切って捨ててきた。 しかし自分って何だろうと、今まで目を背けてきたモノに必死に取り掛かった。人前でみっともなく頭を掻きむしり、泣きむしった。その甲斐あってやっと俺は一筋の光をみた。受け入れられるこそ本当の強さだと。そしてそれこそ、エンジンになるのだと。 もっと考えを深めようとする思考を治めた。理屈を抜くことは俺の性に合わない。 「日本経済を支える男になります」 皆の前で言った言葉を現実にするため、俺はこれからおもブルドッグとして走り続ける。 寒い夜だったが、最高に熱い夜だった。
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