名探偵助手探偵 東西南北 美宏 「じゃあ、夏。いつものよろしく 「いつものだよ。ほら、夏の映画もびっくりの投影の力で現場を再現して 「それそれ。じゃあこの事件、つまりエミが殺された事件を解決しちゃいましょう 「まずはこの事件の謎について確認しましょう 「謎は三つですよ。その一、エミを殺したのは誰か 「何当たり前のことをって、これが一番重要なんですから挙げない訳にもいかないでしょう。また、一番難しい謎でもありますね 「その二、ジュンさんの腕を切り落としたのは誰か 「そんなのエミを殺した夏に決まってるって、それはまだわかりません。まあ、またあとで 「その三、これが一番簡単な謎ですが……エミを殺した犯人はどうやってあの部屋に入ったのか 「いわゆる密室殺人ですがね。今回の密室はあまりにも不完全なところが多いんですよね 「だって密室を名乗るくせに夏が入れるだけの隙間があるんですからね 「今回明らかにしないといけない謎はこんなもんでしょう 「それではお待ちかねの謎解明ですが 「そう焦らないでください。その一から順番に発表していきますからね 「ではまずエミを殺した犯人ですけれど 「犯人はあなたですよ 「そう、スポットライトに照らされたジュンさん。あなたです 「落ち着いて聞いてください。 「ジュンさんは犯行現場であるあの部屋でエミを殺しました 「凶器のナイフをこっそり盗むことは瞬間移動のできるあなたなら簡単なことでしょう 「もちろんあなたの瞬間移動が壁をすり抜けることが出来ないのは分かっています 「そうでなくては海に行く際にわざわざ玄関まで飛んでから海に行く必要がありませんものね 「おそらく自身の身体がと通り抜けられるだけの隙間が無ければそこから先に移動することは出来ないのでしょう」 「部屋でエミを刺殺したあなたは中から鍵を閉めて外へ出ます」 「おや、それは不可能だとおっしゃる?」 「確かにジュンさんの体の大きさでは夏が通れる猫の扉を通れませんね」 「夏しか通れないからこそ夏が最有力容疑者だったのですから」 「鍵が盗まれていた可能性はありませんね」 「盗まれたときに動くはずの警報装置も動かなかったのですから」 「確かにジュンさんには不可能に思えます」 「が、ここで二つ目の謎について。論理的に考えればわかるのですよ」 「だれがジュンさんの腕を切断したのか」 「それは……ジュンさんあなた自身です」 「なぜそんなことをしたのか。それはあの部屋から出るためです」 「夏がぎりぎり通れるような猫の扉。私では肩の部分が引っかかり通ることは出来ません。それは私と同じ様な体格の皆さんも同じです。丁度腕一本分引っかかる」 「そうです。丁度腕一本分」 「つまり、丁度腕一本切り落としたジュンさんなら通ることが可能なんですよ」 「だからジュンさんはエミを殺した後、自分で腕を切り落とし、部屋から出ることが可能だったのですよ」 「さて、では犯人ジュンさんはどのように部屋の中に入ったのでしょうか」 「腕を切り落としたジュンさんなら部屋を行き来することが可能なのは分かりましたが、ジュンさんが部屋の外で腕を切り落としたとは考えられないのです」 「なぜって、扉の外に血が付いていなかったからです。外で腕を切ったなら必ず扉の外にジュンさんの血が付着します。ジュンさんの瞬間移動は隙間が無ければいけないのですから、猫用の扉といえども、開いておかなければならないのです」 「つまり、ジュンさんは部屋の中で腕を切り落としたことは間違いない。何で切り落としたのかはさして問題ではありません。大方、エミに突き刺さしたナイフを抜き切り落としてもう一度刺したのでしょう」 「ですが、これではそもそも部屋の中に入ってエミを迎え入れることができませんね」 「確かに、ジュンさんには不可能に思えてきました」 「言ってみればこの、部屋に入れないという一点が夏の容疑を濃くしているのですが」 「しかし、実は皆さん部屋に入ることは可能なのですよ」 「正確にはエミが被害者の時に限ってですが」 「どういうことか分からないっていう顔をしていますけれども」 「私は今までエミを迎え入れるように言ってきましたが。その根本が間違っているのです」 「つまりエミが先に部屋の中にいて、中から扉を開けたのです」 「今回の被害者。高二の私ですら小さいと感じる年齢。一年生、小学一年生のエミなら何の問題もなく猫の扉を通ることができるでしょう」 「エミに部屋の中から鍵を開けさせることさえできれば誰でも密室を破ることができるのです」 今回の事件のあらましを夏の現場再現に合わせて話していく。 ここまでがこの事件の真相である。それは間違いないだろう。 「でも、それはあなたの想像、妄想でしょう。肝心の証拠がないわ」 ジュンさんが言う。探偵に犯人だと言われた人間は必ずそう言う。 「その証拠が無ければ、夏が犯人だということは覆らない。だって、私が自分で腕を切り落としたなんて話よりエミを殺した夏が私の腕を切ったという話の方が受け入れやすいじゃない。夏が犯人である証拠は私の目撃証言しかないけど、それで十分でしょう」 そう、確かにその通りなのである。私が喋ったのはあくまでジュンさんにも犯人の可能性があるということだけ。夏が犯人でないということについては全く説明できていないのである。 ここまでか……。ん? いや、冷静に考えろ。時系列を考えろ。 「……ジュンさん。あなたは腕を切られてすぐにダイニングに来ましたか?」 「もちろんよ。腕を切り落とされてからうろうろするような人はいないでしょ」 「エミを探すこともなくですか?」 「それはそうだけど……別にだからって私が怪しい訳じゃないでしょ」 「そうですね、確かに怪しくなるわけじゃありません。自分の命が危ういというときに妹を探さなかったからって非情な人間というわけでもない」 だが。 「それで分かりました。夏は犯人ではありません」 私は確信をもって断言する。夏の投影による補助はない。 「ジュンさんの言う通りなら、夏はエミを殺した後、ジュンさんを襲ったことになります。なぜなら私たちがダイニングに行ったとき、明らかにジュンさんはダイニングについた直後だったからです。つまり、ジュンさんを襲った後にエミを殺しに行く余裕がなかった。ですが、夏は私と甘井と一緒にお風呂に入っていたのです。夏にアリバイが無かったのはお風呂に入る前です。それを利用するつもりだったのかもしれませんがその時間ではエミを殺すことはできてもジュンさんの腕を切ることはできないのですよ」 ジュンさんは、あ、という顔を浮かべる。 「ちなみにいうと、ジュンさんの腕、エミの殺された部屋にありましたよ。部屋から出るときに猫用の扉を開けておくつっかえ棒として使ったんでしょうけど、これじゃ犯人はジュンさんを襲った後、ジュンさんの腕をもっても一度事件現場に戻ったことになります。そんな動き考えられませんよね。さっきのジュンさんの証言的にも」 ここまで言うと、ジュンさんは膝から崩れ落ちた。それはジュンさんが犯行を認めたことに他ならない。これで夏の容疑は晴れた。 他の皆はジュンさんに軽蔑の目を向けている。 「ジュンさん。やったことは仕方ありません。決して許されることではありませんが、自首をして罪を償ってはいかがですか」 と、私は最もらしいことを話す。私は名探偵なので犯人には説教しなければならないのである。 私のその言葉を聞いたジュンさんは私を見る。いや、にらみつける。お前に何が分かるんだ、とでも言いたげだ。 「ジュンさんがエミを殺すことはいかなる理由があっても許されません。天才であり、蛇目さんに一目置かれるエミがどんなに妬ましくても、命は平等に大切なのです」 そういった瞬間。ジュンさんの姿がそこから消えた。瞬間移動でどこかに消えたのだろう。全く、愚かな犯人である。 名探偵がこう言うとほとんどの犯人は決まった行動をとる。 つまり。 一瞬の間をおいて、甘井が青ざめた顔をさらに青ざめさせ、蛇目さんが冷静に目を閉じ、桃花さんが周囲を確認し、青井さんが心配そうな顔をして、夏がにっこり笑ったその時。 私の胸にナイフを突き刺すジュンさんが現れた。 ジュンさんに私から噴水の様に血が飛び散る。 「命が平等? そんなわけないじゃない! 私が今まで頑張って、何とか生きてきたってのに、エミはかわいくて、明るくて才能があって、本当に簡単に生きてきてた。皆エミを可愛がって、大切にしてた。命ってのは、生まれながらに不平等なのよ」 そこまで言ってジュンさんは私からナイフを抜き、そして。 ジュンさんは自身の首を切り裂いた。 帰りの船の甲板で私は夏と話をしていた。 「ねえ、夏。私、もう名探偵するのしんどいんだけど」 「仕方ないじゃん。ラブリンは死なないんだから」 そう、私の能力は不死身。寿命以外では死ぬことは無い。岩場で転んでもすぐ治るように。名探偵は決して死なない。それはこれまでどの名探偵を見ても、犯人に殺されたことは無い。殺されるような探偵は名探偵ではないのだ。 だから私は名探偵をやっているのだ。 本当の名探偵、夏を守るために。 「だから私は名探偵じゃないんだって。私は名探偵助手なの」 「なんか結局付き合わされてるだけな気もする」 夏は苦虫を?み潰したような顔で目を逸らした。 「ところで」 と、夏は切り出す。 「ジュンさんはさあ、なんで私たちを、正確にはラブリンを島に呼んだんだろうね」 「知らないよ。名探偵に会いたいっていう単純な好奇心じゃないのかな」 「私はさあ、こう思うんだ。つまり、目の前でリアルなミステリを見たかったんじゃないかと」 なんていうことを言い出す。 「だから、つまり、誰かが人を殺してそれを名探偵がそれを暴く物語を見たかったんじゃないかって」 「だから私たちを呼んだって、それこそ妄想、証拠がないでしょ」 「そうかもしれないけど、だっておかしいじゃない。料理に軍用のナイフを使ったり、全部の扉に猫用の扉を付けたり」 「それはお金持ちだから……」 「じゃあ、ラブリンは本当にあれが猫用の扉だって言うの?」 私は仕方なく頷く。名探偵の言うことは大体間違ってないので私は頷きたくなかったが。 「でもさあ、私、一回も蛇目さんのかわいがってる猫見なかったんだよ。あんなにかわいがってる猫だよ?」 そこで私も思い出す。蛇目さんの愛猫、ミミちゃんの姿を思い出せないことを。 「じゃあ、蛇目さんは、ジュンさんがエミを殺すことを期待して二人を呼んで、それを暴かせるために私たちを呼んだってこと?」 「別に誰が誰を殺すかなんて分からなかったと思うよ。誰にもエミを殺す理由なんてないんだし、誰にでも誰かを殺す理由はあったんだよ」 そうだとしたら今回の事件の真犯人は蛇目さんということになる。 「まあ、こればっかりは本当に証拠がないんだけどね。証拠があったとしても、蛇目さんを罪に問うことはできないよ」 そこまで言って、夏は私を引っ張って客室に向かった。 「今回も事件のせいで漫画が進まなかったからね。船の中では手伝ってもらうよ」 夏はよくあんな事件の後でそんなことできるな。 と、言いつつそれを手伝える私も私だな。 人の命は平等だ。 平等だから私はエミの事件をもう悲しまない。 エミが殺されたように、私も平等に殺されるかもしれないのだから。 私は名探偵なのにそんなことを考えるのだった。 〈解答編『名探偵助手探偵』終了〉
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