? 血の雨公の豹変(ヴォルタファス)(3) 神子山 之字 前回のあらすじ 切磋琢磨(セッサタクマ)は半裂(ハンザキ)火澄(カスミ)との決闘に敗れ、彼女の舎弟となった。それはチーム弩級娑邏卍陀(ジャイアントサラマンダー)の一員となることと同じであった。琢磨はチームの使いっぱとしての学園生活を送ることになる。 《3.背中ごしにセンチメンタル》 目覚ましのけたたましい音が琢磨の心地よい眠りを妨げる。琢磨は手の平を枕もとの機械に叩き付け、音を止める。 目覚ましのけたたましい音が琢磨の心地よい二度寝を妨げる。琢磨は手の平を枕もとの機械に叩き付け、音を止める。 琢磨はゆっくり起き上がる。 「おはよう、華?那(カタナ)ちゃん」と彼は傍らに立て掛けてあった自身のオメガデバイス、華?那に朝の挨拶をする。 彼女は常に展開されており、名前の通り刀のような姿を見せている。 【おはよう】と彼女も朝の挨拶をする。【まだ起きるには早いんじゃないの?】 琢磨は寝間着から制服に着替えながら、彼女の質問に答える。 「朝からもあの女の用事がいろいろあるからね」 昨日の晩に火澄から連絡があったのである。 【そうだったわね。ホント、いやになるわね】 「でも、仕方がないよ。俺が負けたから、俺が弱いから」 琢磨は昨日の敗北を思い出す。手も足も出せず、傷ひとつさえ負わすことができなかった。そして火だるまにされ、首を落とされた。その感覚は今でも残っている。そんな気がする。 華?那は何も言わなくなった。琢磨もそれから何かを言おうとはしなかった。 琢磨は冷蔵庫から昨日のうちに買っていた和風朝ごはん定食Fを取り出し、レンジで温めて食べる。黙々と食べる。 その後琢磨は転輪学園へと行く準備を済ませて、寮の自室を出ようとする。 しかし、玄関の戸が開かない。前に押しても、手前に引いても横に引いてもさっぱり動かない。 琢磨が訳も分からず戸と格闘していると、天井のスピーカーからブザー音が鳴った。 続いてスピーカーから女性の声が発せられる。『あなたはまだお薬を飲んでいません。お薬を飲んで下さい。お薬を飲まなければ外には出ることはできません』 「アッ、そうだった」 長年の研究による統計から分かったことであるが、超能力者が持つ力はその超能力が発現してから数年が最も不安定であるという。不安定な力は暴走しやすくする。その不安定な力を抑制し、暴走を未然に防ぐために、転輪学園の全生徒は薬を飲まなければならないのだ。 琢磨は流し台に行き、コップに水を注ぐ。薬を取り出そうと上着のポケットをまさぐる。上着のポケットに薬はなかった。次にズボンのポケットに手を入れる。固い感触があったので、それを取り出す。金属製の小さなケースであった。 「こんなところに」と琢磨は意外そうに呟いた。 薬はケースに入れられて毎朝テレポーテーションで全生徒に届けられる。ポケットがあればポケットの中に、ポケットがなければ手の中に。薬は全生徒が飲むことを義務付けられており、飲まなければその者の移動は制限される。移動を制限されても頑なに薬を飲もうとしない生徒に対しては、六代目『人形遣い(ドールマスター)』濱中(ハマナカ)楽富(ファントム)が生み出した人形兵士がどこからともなく現れて無理やり飲ませるのである。 テレポーテーションで薬を直接体内に投与されることはない。その物が何であれ、体内へ物体を直接テレポーテーションさせることは禁止されている。それが許されるのは、外宇宙からの侵略者ユーサーパーに対してのみである。 琢磨はケースから薬を取り出して飲む。薬は飲みやすい糖衣錠である。 薬は力を抑制する成分だけでなく、身体機能を高める成分や、この時代の若者に不足しがちな栄養素も含まれている。毎朝の薬と毎日の訓練によって、生徒たちは世界が求める超能力兵士へと成長していくのである。 薬を飲み終えて、琢磨は今度こそ自室から出る。 「あら、時間には間に合ったのね。殊勝な心掛けじゃないの」 火澄は端末の時計機能で時間を確認しながら言った。 「恐れ入ります」と琢磨は頭を下げる。 場所は寮の近所にあるカフェテリア、そのテラス部分である。調度品や店員の様子からは高級感がうかがえる。火澄はテラス席に座って、ティーカップでホットの紅茶(角砂糖2個、ミルク少々)を飲んでいる。お茶請けはパンケーキである。彼女の膝の上には尾の短いシャム猫が居た。名前はナエウィウスだと彼女は言った。取り巻きである太っちょとのっぽは後ろに立って控えている。 「それで、ご用は何でしょうか」 琢磨は丁寧な言葉で尋ねた。 本当は自分を騙した上にボコボコにされた彼女に対して敬語など使いたくないのだが、適当な物言いをしたら不興を買ってまたボコボコにされてしまうかもしれない。 彼女はカップをソーサーに置いて口を開いた。「おみなえ堂の黄金プリン買ってきなさい、今すぐに」 「プリンですか?」 彼女が言った店のことは琢磨も良く知っている。『おみなえ堂』と言えば全国的に有名で人気もあるお菓子メーカーである。品質はかなり高く、それに伴って値段設定も高めである。庶民にとっては余程めでたいことでもないと手は出せない。もしお中元等でおみなえ堂のお菓子を送ったなら、受け取った相手を唸らせることができるだろう。 「こんな朝からわざわざプリン買いに行かなくても」と琢磨は抗議する。 「あのね、ただのプリンじゃないのよ。おみなえ堂の黄金プリンよ。朝のうちには売り切れちゃうんだからね。あんただって黄金プリンの話は聞いたことあるでしょう」 「ええ、まあ。そういうものが存在してるってのはテレビで何度か目にしてます」 「口で説明するより見せた方がいいわね。見なさいこのレビューを」 と言って彼女は端末の画面を琢磨に見せる。 端末でアクセスできるネットワークサービスの中には、壁内の様々な店や施設のレビューが見られるサイトも存在している。 そこには『おみなえ堂・転輪学園店』に関するレビューもあった。評価は高い。 『以前から気になっていたおみなえ堂に遂にやってきました! ケーキもお饅頭も全部とろけるような甘さで、とても幸せな気分に浸ることができました! でも食べたかった黄金プリンが売り切れてた! 開店してすぐにはもう売り切れちゃうみたい! 残念!』 『テストで良い点取れたお祝いに友達と行ってきました〜。人がいっぱいいてとっても混んでました〜。今回はイチジクのタルトと、大学芋を買いました〜。お持ち帰りです〜。でも〜、人気の黄金プリンはありませんでした〜。おいしいって聞いてたから食べたかったな〜』 『噂の黄金プリンを買いに行きました。開店後一時間で完売するって聞いたので早めに行ったんですけど、すでに千人以上の人が並んでいました。私も並んでずっと待ってたんですけど、黄金プリンはちょうど私の目の前で売り切れてしまいました。仕方がないので白銀プリンを買いました』 多くのレビューがそこに書かれていた。彼女が言うように、黄金プリンの人気は絶大で、すぐさま売り切れてしまうようだ。 「こんな朝からわざわざ買いに行く理由は分かった?」 「はい」 「なら行くのよ。決闘で負けたあんたに拒否権はないんだから。さっさと使いっぱなさい」 「はあ」 しかし琢磨はなかなか動き出そうとはしない。 「どうしたのよ。黄金プリンの数は限られているのよ。さっさと行きなさい」 「いや、でも……その……お金を……」 琢磨も、おみなえ堂の黄金プリンの話はテレビで聞いたことはある。値段設定が高めなおみなえ堂の、とてつもない人気を誇る数量限定の商品である。高価なのだ。琢磨のお小遣いで買うことは到底できない。 「は? お金?」彼女は琢磨を睨みつける。 琢磨は彼女の鋭い目つきにたじろぐ。 「あ、いえ。何でもありません」 気が付けば琢磨の口からそんな言葉が出ていた。 【こら、何をあっさりと引き下がっているのよ】と華?那は叱る。 【だって怖いじゃないか】 先日彼女に叩きのめされた時のことが思い起こされた。 琢磨はお金のことは諦めておみなえ堂へ向かおうとする。 しかし火澄は少し考える様子を見せ、「待ちなさい、琢磨。そうよね。ここは転輪学園、壁の中。ここではアタシがお金を出さなきゃいけないのよね。忘れていたわ」 そう言って彼女は端末を操作する。 琢磨の端末から通知音が鳴った。琢磨は端末を取り出し、画面を覗く。 『カスミ から 50,000円 の入金を確認』 「うわ」 琢磨の口から思わず声が上がった。 【大金じゃない】 五万円は、琢磨のような高校生にとってはそれなりの大金である。琢磨が今年貰ったお年玉の総額の五割増しはある。 「使いっぱするときはその金をつかいなさい。少なくなってきたらちゃんと言うのよ。また送金するから」 「あ、はい。ありがとうございます!」 「ほら、ダッシュよダッシュ。買い損ねたら殺すわよ」 火澄は手を叩いて琢磨を急き立てる。彼女に煽られて琢磨は走り出した。 走り去っていく琢磨の背中を見ながら、火澄は取り巻きの二人に話しかける。 「そういえばあんたたちのお金に関してはどうなっているのかしら」 「俺たちは家からお小遣い貰ってるんで大丈夫です」と太っちょが言う。 「あら、そうなの」 「お気遣いありがとうございます、火澄さん」とのっぽが言った。 「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」 美人女性店員の言葉を背に受けながら、紙袋を抱えた琢磨は店を出る。 【買えてよかったわね】と華?那が言う。 琢磨は【うん】と応えて、紙袋の中を確認する。 そこには黄金色の光を放つプリンが一つ入っていた。一つだけだ。その人気ゆえに黄金プリンは一人につき一つまでしか買えないのである。 無事に任務を果たし、火澄たちのいるカフェテリアに戻ろうとする琢磨だったが、彼の前に男たちが立ちはだかる。 「よぉう、あんちゃん。お前さん、黄金プリンを買ったんだろう?」 男たちの先頭に立つ、老け顔の男が言った。彼の声は顔と相応に老けているようだった。 「え。な、何ですか」 急に素性の知らない男たちに絡まれて、琢磨は戸惑いを隠せないでいた。どうやら絡まれたようである。まだ朝も早く、周囲にはほかの生徒たちの姿はなく、助けを求めることもできそうにない。 「おぉっと、自己紹介が遅れちまったなぁ」と老け顔が言う。「俺の名前は久保田(クボタ)伽藍堂(ガーランド)ってんだ。お前さんは何つーんだ?」 自己紹介をされたのなら返さなければならない。そうしなければ相手に失礼だ。 「あ、俺は切磋琢磨です」 琢磨は正直に答えた。 「琢磨かぁ! 変わった名前してんだなぁ」と言って伽藍堂は後ろを振り返る。「それからこいつらは俺が率いるチーム『Z.O.N.E.(ゾーン)』。俺を含めて総勢二十三人のチームだ」 「はあ。それで、そのチーム『Z.O.N.E.』さんが一体何の御用で?」 「大したことじゃあないさ。さっきも言ったがお前さん、黄金プリンを買ったんだろう? 隠したって無駄さ。袋から漏れる黄金色の光を見たんだからさ、わかるよ。俺もさぁ、今日は黄金プリンを買いに来たんだが……残念なことに売り切れちまってよぉ。人気だもんな。仕方なく白銀プリンを買ったんだよなぁ。今日はもう黄金プリン食えねえのかなって思ってたらさ、いたんだよ、お前さんが。黄金プリンを持ったお前さんが。それでお前さんに頼みがあるんだけどよぉ」 【嫌な予感がするよ、相棒】琢磨は心の中で呟く。 【奇遇ね、私も】 「俺の白銀プリンと、お前さんの黄金プリンを交換させてくれねえか?」と伽藍洞は満面の笑みを浮かべて言った。 【ほらきた】 彼がした提案の内容は琢磨がした予想の範疇にあるものだった。 「嫌です」と琢磨は即座に返す。 これは火澄の金で買ったプリンである。それをただの使いっぱである琢磨がどうにかできるはずもない。 しかし彼らには琢磨がそのように答えることは想定済みだった。伽藍堂が満面の笑みを崩すことはない。そして彼の背後に並んでいた『Z.O.N.E.』のメンバーが一斉に動き出す。伽藍堂は何も言っていないのに、示し合わせたように琢磨を囲みだした。 「そう言うならよぉ、決闘するしかねえなぁ」伽藍堂は手袋を投げる。「俺とお前さんの一騎打ちだ。俺が勝てば、互いのプリンを交換。お前さんが勝てば、俺の白銀プリンはお前さんのもんにしよう。さあ手袋を拾いな」 「いや拾わないよ。決闘なんてしない」 生徒同士の決闘は推奨されているが、その挑戦を受けることは義務ではない。拒否することは自由なのである。 買ってくるように頼まれたのは黄金プリンだけだ。勝てば白銀プリンを得られると言うが、黄金プリンを失うというリスクを冒してまで決闘する必要など琢磨にはまったくない。 「そうかい? 困ったなぁ。決闘してくれないんじゃあ、ここから動くこともできない。そうなるとせっかく買ったこのプリンも立ったまま食べることになっちまう。実にお行儀が悪い」 現在『Z.O.N.E.』のメンバーが琢磨を取り囲んでいる。伽藍堂の言う通りこのままでは身動きが取れない。火澄たちのもとへ戻りプリンを届けることもできず、またその後学園へ行き授業を受けることもできない。 「別にプリンぐらい、その場に座って食べればいいじゃないか」 「それだとズボンが汚れちまう」 「確かに……」 「さあどうすんだ、琢磨よ?」 【やるしかないのか? ……チクショウ!】 琢磨は心の中で悪態をつく。先日のことと言い今回と言い、琢磨に決闘を拒否する余地が全くないように思えた。決闘から必ず逃れられるようなルールが存在してしかるべきなのではないのか。転輪学園の決闘に関する仕組みはいろいろと間違っていると琢磨は思った。 しかし間違ってはいないのである。世界はユーサーパーを撃退できる強い超能力兵士を求めている。決闘を幾度となく重ねることで、より強い兵士へと育ってほしいのである。決闘の拒否が度々行われるようであればその願いは叶わなくなる。決闘の申し出を拒否できるというのは、建前に過ぎない。決闘するしかないのだ。 【勝てばいいのよ、勝てば】と華?那は励ます。 琢磨は手袋を拾う。「わかった。決闘をしよう」 戦いの場となる白色半透明のドームが展開される。琢磨と伽藍堂の二人は自身のオメガデバイスを構えて向き合う。 【そうさ。勝てばいいんだ】 琢磨は自分を奮い立たせるようにそう言った。 「はあ? 黄金プリンを買い損ねた? あんたソレ本気で言ってんの」 琢磨はカフェテリアのテラスで正座させられている。目の前には火澄と取り巻き二人が腕を組んで立っている。さらに琢磨の頭にはなぜかシャム猫のナエウィウスが載せられている。 「何とか言いなさいよ」 火澄は不機嫌さに顔を歪ませている。指で小刻みに腕を叩いており、苛立ちは明らかだ。太っちょとのっぽの二人は彼女の後ろで気の毒そうに琢磨を見ている。 「その……えーとですね。あの、売り切れちゃってですね」 真赤な嘘である。「買うことは出来たが奪われた」と言うよりも、「最初から買うことが出来なかった」と言う方が彼女からの当たりも厳しくならないかと思ったのだ。 「……チッ!」 彼女はあからさまに聞こえるように舌打ちをした。 「アッ、いやでも」琢磨は懐から紙袋を取り出す。「白銀プリンは買ってきました」 真赤な嘘である。無理やり交換させられただけである。 「代わりに白銀プリンを買うってのは、やって当然のことなのよ。手柄みたいに言うんじゃないよ」 そう言うと彼女は琢磨の手から紙袋をひったくった。中からプリンを取り出すと、迸る白銀の光に一瞬目を狭めた。それから席に着いて、このカフェテリアのウェイターに持ってこさせたスプーンを使ってプリンを食べ始める。琢磨は依然として正座させられたままである。シャム猫のナエウィウスは席に着いた火澄の膝に戻った。 火澄はプリンを口にして、「フム」と唸った。 それから味に集中するためか、一言も喋ることなく食べ続けていった。じっくりとその味を堪能し終わり、火澄は空になったプリンの容器を置いた。ちなみにプリンの容器は特殊偏光ガラスでできており、それによってプリンから発せられる輝きは増すのだ。目も刺すほどに。 プリンを食べて、彼女の顔からは幾分か不機嫌さが消えたように見えた。依然として指は机を叩いているが。 「まあ、今朝は説明だったり、お金を渡したりしたから、それで間に合わなかったということにしておくわ。明日はしっかりと買ってくるように!」 彼女は琢磨に向かってスプーンを勢いよく突き付けた。 「ははー!」琢磨も勢いよく額を床につけて平伏する。「寛大なお心に感謝申し上げます」 「もういいわ。頭を上げなさい」 「はい」 「さて。そろそろ学校に行くわよ」 のっぽが椅子を引いて、火澄は立つ。 「琢磨」彼女が言う。 「はいッ」 「あんたは照霪(ディーン)と零温(レオン)の鞄でも持っときなさい」 琢磨はのっぽと太っちょの鞄を持たされる。やや重い。 「あの」琢磨は尋ねる。「火澄さんのはいいんですか」 「あ? アタシの? アタシのは別に持つ必要はないけど……持ちたいってんなら、持たせてあげるわよ。ホラ」 彼女の鞄も追加される。重い。 【藪蛇だったわね】 一行は馬車に乗って学園へと向かう。火澄があらかじめ呼んでいたらしい。バイオサイボーグ馬が引く、カタハタ合金製の馬車だ。火澄がアンドロイド御者に合図を送ると、馬車はスムーズに進み始める。標準的な型のこの馬車は、反重力ユニットを積んでいるため揺れを感じることは全くない。 馬車の中に会話はなかったが、沈黙を気まずく思っているのは琢磨だけであった。のっぽと太っちょはじっと押し黙り、火澄は窓から外を眺めながら何やら妙な歌を口ずさんでいた。 「フウ」 一年八組の教室の自分の席に着いて琢磨は一息ついた。馬車に乗っている間も、学園に着いてから校舎に行く間も、自分のものと含めて計四人分の鞄を持ち抱えていたのだ。超能力で強化された筋肉と自然治癒力によって腕にダメージなどは残っていないが、疲れるものは疲れるのである。 左隣の黒瀬(クロセ)恵美利愛(エミリア)が話しかけてくる。 「おはよう、切磋くん」 「お、おはよう黒瀬さん」琢磨はぎこちなく応える。 彼女へ抱いている恋心のために、このような挨拶ひとつでもつい言葉がつっかえてしまうのだ。顔が赤くなっていやしないかと少し不安になった。 そんな琢磨の気持ちも知らず、恵美利愛は麗しい笑顔を見せながら話を続ける。「今朝、荷物をたくさん持っていたのを見かけたけど、どうしたの? 一緒にいた人たちは?」 「一緒にいたのは弩級娑邏卍陀(ジャイアントサラマンダー)てチームのメンバーで、持ってたのは彼らの鞄で……」 「じゃいあんとさらまんだー? チームって何のチームなの?」 「多分、不良のチーム……だと思う。昨日リーダーの女子に決闘で負けちゃって、不本意ながらチームに入らされたんだよね」 「まあ。何だってそんな決闘をしたの。不本意なら断ればよかったのに」 「それがどうにも決闘を受けざるを得ない状況に追い込まれて……」 「まあ、まあ! そんなことが。やっぱり不良って粗忽で暴力的で……私、不良って大嫌いだわ。切磋くん可哀そうね」 「う、うん」 そこへ千久間(チクマ)天狼(シリウス)がやってきた。 「おっはよー、琢磨、エミちゃーん」 「おはよう、天狼」 「千久間くん、おはよう」 天狼は自身の席に腰を下ろした。琢磨の右隣だ。 「今ちらっと聞こえたんだけどさ」 天狼が懐からメモ用タブレットと万能ペンを取り出しながら言う。「琢磨がどっかのチームに入ったって? しかも決闘に負けて」 天狼は新聞部志望であると先日言っていた。どうやら琢磨へ取材をするつもりのようだ。 「うん、まあね」琢磨が応える。 「何てチーム? リーダーは?」 「弩級娑邏卍陀てチームで、リーダーの名前は半裂火澄」 「じゃいあんとさらまんだー? 何て書くんだ? カタカナか?」 それから一限が始まるまでの時間、琢磨は天狼から弩級娑邏卍陀や先日の決闘についての質問攻めにあった。琢磨は質問の一つ一つにしっかり答えていく。チームの構成員や決闘でどのような攻防が繰り広げられたかなど。天狼は答えを聞くたびにフンフンと頷きながらタブレットにその内容を書き込んでいった。 「さて諸君、今日は諸君らに自分たちの特異能力を見つけてもらう。特異能力とは、簡単に言えば得意なことである」 第七体育館に移動した一年八組は実技の授業を受ける。生徒たちの前に立って指導するのは担任の松田(マツダ)虎徹(ティグリス)である。 隣には副担任の小原(コハラ)紅娘(スカーレット)が控える。昨日と同じように化粧は濃い。 松田は説明を続ける。「超能力者はイマジネーションを現実にする。どんなイマジネーションであろうともだ。諸君らはどんなことでもできる、それが諸君らがのぞんだことなら。しかし実際にどんなことでも現実にするというのはとても難しい。人には向き不向きがあるのだよ。超能力者になったとてそれは避けられない。 向き不向きは、体内の波動エネルギーの消費量に影響する。得意なことであれば消費される波動エネルギーは少量で済むが、不得意なことであれば消費される波動エネルギーはうんと多くなる。さて、ひとつ例を出してみよう。私の得意なことは」 そこまで言うと、金属を叩いたような甲高い音とともに松田は突如その姿を消した。何事かと生徒たちが騒がしくなりかけたところ、彼らの背後から、 「瞬間移動だ」 当然生徒たちは振り返る。声の主は松田である。それから彼は生徒の周囲で瞬間移動を何度か繰り返してみせた。正確に言うと、十七回。 「私は瞬間移動が得意なのでいくらでも瞬間移動できる。しかし小原先生は瞬間移動を得意とはしていない」 次は小原が瞬間移動をする。彼女は連続二回するだけで顔中に汗を浮かべて息を切らしていた。しかし彼女の化粧が汗によって崩れることはない。この時代の化粧品はたとえ滝を顔面に浴びても落ちないほどに強い。 「瞬間移動が得意ではない小原先生では、このようにほんの数回しかできない」 松田は猶も瞬間移動を繰り返しながら話を続ける。 「この特異能力を私は」 「『流浪の民(ジョウント)』と名付けている」 「デバイスと同じように」 「特異能力にも名前を付けるのが一般的だ」 「名前を付けることでイメージが容易になり」 「特異能力の発動もしやすくなる」 「さあ諸君らも自分の得意なことを見つけて」 「見出した特異能力に名前を付けたまえ」 そこからは先日デバイスに名前を付けたときのように、わいのわいのと騒がしくなる。 一人ずつに的となるバイオ人形を用意される。バイオ人形は人間の持つあらゆる機能を再現されており、また多少は人間と同じような反射や単純な行動をとるようにもプログラムされている。そのため『火を放つ』や『凍らせる』といったような能力だけでなく、『洗脳』や『幻覚を見せる』といった人体に影響を及ぼすような能力も試すことが出来るのである。 生徒たちは的となるバイオ人形へ向けて、それぞれ思い思いに超能力を発動していく。体育館も超能力の影響を受けない状態になっているので、破損や汚れなどを気にする必要もない。自分の適性を知るために多様な力を次々と発動していく。火は踊り、水は舞う。光は煌めき、闇は蠢く。さらに複雑な事象も起きる。空間が歪み、裂け、穿たれる。法則が乱れる。見るもの、聞くもの、触れるもの、臭うもの、味わうもの、感じるもの、思うもの、あらゆるものが狂わされる。今この第七体育館は魔女の釜となったかのように、混沌であふれかえっている。 そんな中、琢磨はバイオ人形を睨み付けながら唸り声をあげていた。今は風の刃をバイオ人形に放ったばかりである。 「わからない」 【次はブラックホールでも生み出してみたら?】 周囲の生徒たちは次々と手ごたえを感じた様子を見せているが、琢磨は自分の得意なことが何であるか、その欠片も掴めないでいた。 琢磨は額に浮かんだ汗を掌で拭う。 【俺がF級だからか? F級だから見出せないのか?】 【全員が一日で特異能力を見つけられるわけでもないじゃないの。周りを見てごらんなさい。まだな人もいるでしょう】 【それはそうだけど】 どうしてもそう思わざるをえないのだ。F級であることの劣等感が表出している。 再び超能力を試し始めた琢磨のもとに、満足げな顔した天狼が近づいてきた。 「おーす琢磨、調子はどうだ?」 「やあ天狼。いや、それがさっぱりで。そっちは何だか、良さげな顔をしているけど」 「おっと! 顔に出ていたかい? いやー、そうかそうか。聞かれちまったなら答えなきゃいけないわなぁ。 俺の特異能力は『屈折視(プリズムグラス)』と名付けた。見えないところが見えるようになる能力さ」 「見えないところが……透視?」 「いやいや透視じゃない。言うなれば三人称視点のゲームをやってるみたいなものでさ。お前さんとこうして向き合いながらも、俺はお前さんの後頭部を見ることができるんだよ」 「何となくわかったよ」 「まあまあ、実際に目の当りにすればもっとよくわかるだろうさ」と言って、天狼はポケットから端末を取り出した。「手元にカメラなんか持ってりゃそれに写すこともできるんだ、これが。ジャーナリスト向けじゃないか? さて何を撮ろうか……お、あそこに舞亜(マイア)ちゃんがいるね」 天狼が指さす先にいたのは秋山舞亜という女生徒であった。美少女である。 【でも、黒瀬さんほどじゃない】 「舞亜ちゃんが今日どんなパンツを穿いているのか撮ってみよう」 「え……。い、いや、やめなよ。そ、そんな」 「何言ってんだよ。興味あんだろ?」 「う……。いや、それは……」 琢磨ははっきりと否定しなかった。 【……えっち】 「まずは試しに」天狼は琢磨に端末を向けてシャッターを切った。 電子音が鳴る。 画面に映し出されたのは端末を向けられていた琢磨の顔ではなく、秋山舞亜の顔であった。汗に濡れて額に張り付く前髪が艶めかしい。 「おお、なるほど」と琢磨は感嘆の声を上げる。 「『屈折視』の凄さがわかったかな? それでは本番」 【もっと良い使い方があるような気もするけど】 楽しみは共有したいタイプの人間らしい。天狼は端末の画面を手で隠してシャッターを切った。琢磨との間に端末を持ってくるとおもむろに手を退けた。 「ん?」 「あ?」 【なにかしらこれ?】 そこには闇が広がっていた。端末の画面は真っ暗で二人が期待していたものは何も映っていなかった。 「ありゃりゃ、壊れちまったかな」 「狙いを外したんじゃないのか」 【彼女、スカートの中にブラックホールを生み出す特異能力なのかも】 みんなで不思議に思っていると天狼の端末に通知が届く。 『警告 ただいま超能力の不適切な使用を検知しました。 超能力を性的な目的で使用することは転輪学園法で禁止されています。 再び超能力の不適切な使用が確認されますと、転輪学園法第六十七条第八項に基づき身柄を拘束の後、特別カリキュラムを受けることになります。』 琢磨はそっと天狼から距離を取った。 「おいおい。そりゃないだろ、琢磨」 その後も特に琢磨の特異能力が見出されるということはなかった。 放課後になって琢磨は慌てて教室を飛び出した。授業中に火澄から端末で、大事な話があるので授業が終わったらすぐさま来るようにと呼び出しを受けていたのだ。話の内容がどのようなものかは特に書かれていなかったが、どうにも怒っているような文面だったので、琢磨は足が速くなる。 呼び出された場所は先日彼女たちと初めて遭遇した教室であった。 琢磨は教室の扉を四回ノックする。「切磋琢磨です」 「入りなさい」扉の向こうで火澄の声がした。 中に入ると例の三人、彼女が椅子に座り、取り巻きの二人はその後ろに立つといういつものフォーメーションである。琢磨は自分もいつかはあそこに加わらなければならないのだろうかと考えて少し気が滅入った。彼女の様子は今朝と同じ、不機嫌な顔、腕を組み指でトントンと叩いている。怒り心頭である。 「座りなさい」と彼女は言った。 琢磨は座るためにと、その辺にあった椅子を彼女の前に持っていこうとした。 「床に、正座なさい!」 そう言われる気はしていた。ワンチャンスありはしないかと思っての行動だった。おとなしく言われたとおりにする。 「何の用かわかる?」 「いえ、皆目見当つきません」 琢磨は本心からそう言った。 「これを見なさい」 火澄が端末の画面を見せる。 『弩級娑羅満駄(ジャイアントサラマンダー)‐転輪学園wiki 弩級娑羅満駄とは、転輪学園内に存在する学園非公認団体のひとつ。……』 「何ですかこれ」 「wikiよ。転輪学園wiki。転輪学園生がこう、いろいろと書き込めるアレよ」 「火澄さんや俺たち、お前のことも書かれてらあ」とのっぽが言った。 『半裂(ハンザキ)火澄(カスミ) 女性。一年生。弩級娑羅満駄のリーダー。使用するオメガデバイスは赤い細身の剣アンドリアス。剣の心得があると思われる。火炎の扱いが巧み。 のっぽ 半裂火澄の舎弟のひとり。詳細不明。 太っちょ 半裂火澄の舎弟のひとり。詳細不明。 切磋(セッサ)琢磨(タクマ) 男性。一年八組。半裂火澄の舎弟のひとり。使用するオメガデバイスは刀のような形状の華?那。』 「このうちのチームについてのアレコレ、情報源はアンタでしょ」 「え、俺? いやあ、違うと思いますけど……」 「とぼけんじゃないわよ」と火澄。 「お前以外に俺たちのこと漏らす奴ぁいねえだろうが」とのっぽ。 「俺と照霪(ディーン)だけ内容がさっぱりだものな。絡みがないもの」と太っちょ。「のっぽと太っちょだなんて、いい度胸してるぜ」 「でも書いたのは俺じゃありませんよ。そもそも、うぃきなんて知らないし……」 「アンタが書いたかどうかは聞いてないの。アタシらのことを誰かに話したりしたかって聞いてんのよ」 「アッ、それなら、クラスの友達に聞かれたから少し……」 「お馬鹿ッ!」 火澄は琢磨の頭頂に拳骨を一発お見舞いした。 「いいこと? アタシたちは卒業した後は防衛軍に入って、みんなで協力してユーサーパーを退治するわけだけど、この転輪学園に居る間はみんなライバルなのよ。転輪学園でどのような成績を残したかによって、防衛軍に入った時の立場も変わるの。成績ってのは決闘や模擬戦の結果も含まれているわ。だからこそ、ライバルたちに自分の手の内を見せるようなことは控えなきゃいけないのよ」 「でも隠してたってどうせいつかバレちゃうんじゃ……」 「そりゃ時間が経てば情報なんかあらかたバレるわよ。秘密にできるのはせいぜい一年くらいかしらね。けどその一年間で自分の情報をできるだけ悟らせないで、相手の情報を集めていって勝利を重ねるのが重要なのよ。そうやってアドバンテージを取るのよ! 要するに後出しジャンケンの世界なの! それなのにあんたという奴はペラペラと……わかってるの?」 彼女の口から火が噴出した。比喩ではない。彼女の特異能力によるものである。 火が琢磨の眼前に迫る。顔を焦がさんばかりの熱気を感じる。琢磨は先日火だるまにされたことを思い出した。怖い。 「申し訳ございません!」 琢磨は額を床にこすりつける勢いで土下座する。 「ほかにも許せないことがあるのだけどわかる?」 「……わかりません」 「wikiをよく見るんだ!」 太っちょが琢磨の眼前に端末を突き付ける。 『弩級娑羅満駄……』 「わかるか?」 琢磨は首を振る。 「お馬鹿ッ!」 火澄は琢磨の頭頂に拳骨を二発お見舞いした。 「字が違うのよ!」 火澄は黒板にチーム名を実際に書いてみせた。 『弩級娑邏卍陀』 琢磨は端末の画面と何度か見比べた。 「間違った認識が広まって定着しちゃったらどうするつもりなのよ! 零温(レオン)、修正しておきなさい!」 「ハイただいま」と太っちょは応え、端末を操作する。 【間違いが広がってほしくないないなら、気づいた時点で直せばいいのに】と華?那が呟く。 【今、こうして説明するためにそのままにしてたんじゃないのかな】 【わざわざ? めんどくさいのね】と華?那は呆れたように言った。 火澄は大きくため息を吐いて、琢磨を見下ろす。 「まあ、後々になってから重大な情報が暴露される場合を考えれば、今この時こうして釘を刺せるわけだからむしろ良かったともいえなくもない。これ以上アタシらのことを漏らすんじゃないよ」 「ハイ。肝に銘じておきます」 「そういえば、等級については書いてないわね。こないだアタシはB級だってついアンタに言っちゃったけど」 「おそらく」とのっぽ。「こいつはE級でしょう。火澄さんがB級だって言うと、じゃあお前の等級はどうなんだってなるから言わなかったんでしょうよ。それなりの人数がいるとはいえ、自分はE級だってあまり表立って言えやしませんからね」 「なるほどねぇ。自分の等級を知られたくないから、アタシの等級も言わなかった。その考えが等級以外についても回らなかったの、このお馬鹿ッ!」 火澄は琢磨の頭頂に拳骨を三発お見舞いした。 強烈な痛みが走るが、すぐに治まる。たんこぶができたとしても、超能力で強化された自然治癒力によって治るのだ。しかし拳骨されて気分が良いものではない。 「さて説教も終わったことだし、そろそろいくわよ」 どこに行くのかと琢磨が尋ねると「買い物だ」と太っちょが答えた。 「いろいろ入り用なんだよ」 校門から馬車に乗るようで、一行は徒歩で校門まで向かっている。琢磨はやはり荷物持ちである。 歩いている一行に声がかかる。 「おぅい。そこにいるのは琢磨じゃあないか?」 聞き覚えのある老けた声だった。 伽藍堂(ガーランド)であった。その後ろには彼が率いるチーム『Z.O.N.E.(ゾーン)』のメンバーがいた。伽藍堂を含めて二十三人がそこにいた。 「誰よ。知り合い?」火澄が尋ねる。 「ええ……まあ」と琢磨は答えた。 煮え切らない答えに火澄は眉を顰める。 伽藍堂は含み笑いを浮かべながら一行に近づいてくる。 「おぉう琢磨。今朝は助かったぜぃ。黄金プリンがあんなに美味いとは思わなかったぜ。明日もよろしくたのむぜ」 そう言って伽藍堂は琢磨の肩を叩くと、南方へ立ち去る。 「琢磨……」背後から火澄が顔を近づける。「どういうことか説明なさい」 「なんか変だもんなぁ」のっぽが言う。「お前が買えなかった黄金プリンをあいつは味わったという。それだけなら何の問題もないが、あいつは何故かお前に礼を言った」 「推測するに、あいつに黄金プリンを譲ったということになるが」太っちょが言う。「気になるのは、どうして火澄さんを差し置いてあんな奴に黄金プリンを譲ったのか、だ。それも一日につき数量限定で一人一個しか買えないの超絶大人気の黄金プリンを」 「そういや金も火澄さんが出してんじゃねえか! お前正気か?」 「どうなの、琢磨? 説明しなきゃ殺すわよ」 【説明しても殺されると思うわ】 琢磨は事の仔細を包み隠さず話した。 火澄は彼の側頭部に蹴りを放った。何という股関節の可動性であろうか。琢磨はその場に倒れる。 「いいこと、琢磨? そういった状況に陥った場合はまずアタシたちに連絡するのよ。アンタだって曲がりなりにもチームの一員なのだから、勝手な判断で行動しないで」 「ハイ」 「それじゃ、これ」 彼女は立ち上がった琢磨に手袋を渡した。 「え、何すかこれ」 「何って。言ったでしょ、アンタもチームの一員。これはアタシら弩級娑邏卍陀に喧嘩売られたようなもんよ。このまま舐められたまま終われるわけないじゃないの。あいつは明日もよろしくって言ったんだし。手袋はダッシュであいつに投げてきなさい」 「火澄さんは?」 「後で追いつくから、とりあえず投げに行きなさいな」 琢磨は走り出した。後ろを振り返ってみると火澄たちは歩きながらついてきている。 【疲れるのが嫌なのか、走るのがみっともないと思っているのか、とにかく走る気はないみたいね】 放課後となってからさほどの時間も経っていない。通りには生徒たちの往来もまだ多い。琢磨は歩道の真ん中を歩く伽藍堂たちに追いつき、彼の背中に手袋を投げつけた。 「見ろよ、決闘だ……」 周囲の生徒たちがにわかにざわめき始める。琢磨と伽藍堂たちに注目する。彼らの決闘を見届けようと集まる。 先ほども火澄が言ったように、自分の能力を悟られずに、ほかの生徒の情報を収集してアドバンテージを得るのがこの学園における常道である。それゆえに近くで決闘が行われるとなると、こうして周囲に人が集まるのもこの学園の常である。 伽藍堂は地面に落ちた手袋を拾い、それを投げたのが琢磨だとわかると、驚いたような顔を浮かべた。 「琢磨じゃあねえか。これはいったいどういうつもりだ? まさかお前さん、この俺に――」 「久保田伽藍堂!」 火澄の声が伽藍堂の話を遮った。 周囲に集まった生徒たちの群れを割り、火澄は伽藍堂の前に歩み出る。 「お前さんは……」 「アタシはチーム『弩級娑邏卍陀』の半裂火澄。今朝はうちの琢磨が世話になったみたいね。あんたが食べたっていう黄金プリン、あれは本来アタシが食べるはずのモノだったのよ」 「成程ねぇ。この手袋はお前さんのものかい」 「そう。決闘を申し込むわ。知らぬこととは言え、あんたらはアタシらのメンツを潰したのよ」 「面白いじゃあねえか。受けるぜ、この決闘」 《続く》
さわらび113巻へ戻る
さわらびへ戻る
戻る