猫を電子レンジに入れないでください

岬 いさな

 〜♪♪
 夢と未来をお届けする、ショッピング・ターイム!
 本日ご紹介する商品は……なななんと! 海の向こうで人気を博する【ソロン】でーす!
 日頃の家事や炊事、お掃除お洗濯など重労働じゃないですか? ですがそんな仕事はもう不要! この【ソロン】がいれば、あらゆる日常の雑務から解放されます。
 かつての掃除ロボットは床を滑るばかりで階段や壁の掃除が出来ない、自動食洗器は飾り皿や頑固な汚れに効果がない、洗濯は自動で終わっても、洗濯機は洗濯物を干しても畳んでもくれない。   ナンセンス!
 でも心配ご無用。〈一人で(solo)〉の名前は伊達じゃない! 気になる方はまずお電話を! 
 〜♪♪

「  あれ〜、【ソロン】は〜?」
「おはよう寝坊助さん、先に顔を拭いていらっしゃい」
 朝目を覚ますと、居る筈の家族がいない。テーブルの下を探していると、ママに見つかってしまった。渋々洗面所に行くが、先客の大きな背中で鏡が見えない。
「おはよう、いい夢見れたかい? 贔屓のチームにお熱なのは結構だが、ママをあまり困らせるなよ」
「分かってるさ。……ジョブスは勝ったけど、フレミィはノーゴールだったよ」
 皮肉に皮肉で返すと、パパはショックを受けたような顔で洗面台に向き直ってしまった。贔屓の選手の活躍は新聞で見たかったらしい。顔も拭けないので、【ソロン】探しに戻ることにする。
「あら、もう拭き終わったの」
「勿論さママ、今まで一度でも僕が嘘を吐いたことがあった?」
「その台詞今月六度目よ。いい番(つがい)見つけたいならかび臭くなる前に新しいジョークを仕入れておきなさい?」
「……新聞取って来るよ」
 舌を出して逃げを打つ。口喧嘩じゃまだまだママには敵わないけど、逃げ足の速さなら負けないんだから。


「ママ、最近薄味じゃないかい? まるで食べてる気がしないんだが」
「身体のためですもの。せめてお財布ぐらいには薄くなって欲しいものだわ」
「……僕の身体と僕の心、どっちが大切なんだい?」
「そうねえ、私は細身でスマートでせっかく作った朝食に文句を言わないパパが好きだわ」
 目の前で笑い合ってるパパとママを横目に、朝食を頬張る。家族が  少なくとも、いつも食卓を囲んでいる存在が  足りない食事は、どこか味気ない。
「あらどうしたの。全然食べてないじゃない?」
「……【ソロン】がいない」
「ああ、あの子。そういえば今朝は見てないわねえ」
 あっけらかんと言うママに、黒い苛立ちが浮かぶ。
「どこかで掃除してるんじゃないか? 昨夜は風呂場を掃除していたろう」
「いなかった」
「ベランダはどうかな。今頃洗濯物を干してるんじゃないか?」
「いなかった」
「うーん、じゃあ庭だ。草刈りをしてるんだろう。ほら、芝刈り機の音が聞こえるじゃないか」
「あれはお隣のセルゲイさん。新聞のついでに庭中探したけど、どこにもいなかった」
 ピント外れな事を言うパパ、黒い苛立ちが募る。
「  まあ、あとで探しに行けばいいじゃないか。折角の日曜日なんだ、ピクニックついでに」
「そうねえ、じゃあお弁当の支度をしなくちゃ」
 黒い苛立ちがむくむくと膨らんで、破裂した。
「……なんだよ、パパもママも【ソロン】は家族じゃないっていうの!?」
 癇癪を起こしたボクに、パパとママも狼狽える。
「いやいやそんなことはないさ、【ソロン】は可愛いし、よく働いてくれてるじゃないか」
「そうよ、食費がすごく浮いてるもの」
「じゃあなんで探しに行かないの? ボクが朝起きていなくなってても、パパもママも心配じゃないってこと?」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ……」
埒が明かないので、椅子を蹴立てて立ち上がった。そんなボクの目の前に、そっと何かが差し出される。
「……何これ」
「朝ごはんよ。貴方と【ソロン】の二人分」
 癇癪を起こした手前謝るに謝れないボクは、朝ごはんの包みを二つ持って駆け出した。
「昼ごはんまでに帰っておいでね  」
 それならそうと、早くに言っておくれよ。そんな言葉を呑み込んで、背中に掛けられる言葉を振り切った。


 結果として、【ソロン】は庭に居た。と言っても僕が朝見回った植木の陰や茂みの中じゃない。
「……【ソロン】……?」
 声をかけると、びくんとアームの付け根が跳ねるのが見える。それで安心して、僕は開け放された納屋の窓から滑り込んだ。
 よく考えれば、柔らかくて繊細な【ソロン】が一人で外に行ける訳がない。小柄な僕よりよっぽど小さく、全身耳たぶみたいに柔らかいボディは、案の定葉っぱや砂利でズタボロだった。
「ごめんね【ソロン】、遅くなっちゃって。どこに行ったか分からなかったの」
「……」
 膝を抱えてうつむく【ソロン】は、喋ることが出来ない。機能追加オプションで色々と喋らせることも出来るらしいけど、お母さんが大反対した。お父さんは賛成してくれたのに。
「……ごめんね」
「……」
 ズタボロのボディ。震えが示すエラー、口を開かない頑なな挙動  どれをとっても責められているようで、つい何も言えなくなる。
 すると、突然【ソロン】はボクの肩を引っ張った。流れるように転んだボクの身体は、柔らかく暖かいものに包まれる。
「【ソロン】……?」
「……」
鼻が触れるような近さで見る【ソロン】は、決して怒ってるようには見えなかった。友達と喧嘩してたっぷり叱られたあと、膝枕してくれたママを思い出す。
「……」
「……ごめんね、ありがと【ソロン】」
 やっぱり、【ソロン】はボクの大事な家族だ。何があっても守らなきゃ。僕の顔を映す透明な輝きのセンサーにそっと誓って。
「……?」
 ふと気づくと、【ソロン】はボクの持ってきた朝ごはんの包みに興味を示していた。やっぱりお腹がすいていたんだな。
「うん、ボクと【ソロン】の分。仲直りのしるしに一緒に食べよ?」
 包みを開いてみせると、【ソロン】は興奮気味に飛び上がった。顔を赤くしているのは、照れてるのかな。
「遠慮しなくてもいいよ、ボクのママの手料理は世界一美味しいんだ。何せ僕のパパを虜にしちゃうぐらいだからね……はい、あーん」
 首を大げさに振ってボディを捩る【ソロン】の口元に、ボクは笑顔でそっとソレを差し出した。
美味しそうな高圧電流滴るプラグを。


【取扱上の諸注意】

・身体は生体金属でも特殊プラスチックでもありません
 乱暴な扱いは控えて下さい、故障の恐れがあります
・使用後の返品及び交換はお引き受けいたしかねます
・分解しないでください
故障の原因になり、体液で感電する恐れもあります
・日頃のメンテナンスとして、左上腕部の補給プラグ
から栄養剤(別売)を補給してください
・動作が遅い、反応しなくなるなど命令外の行動を繰り
返す場合は、本社窓口にご連絡下さい
本社で矯正して返却いたします
・【ソロン】を電子レンジに入れないでください
 故障の恐れがあります
・食べ物(特に高圧電流の類)を与えないでください
 故障の恐れがあります

快適な暮らしをご提供するために
生活家電のクリストファ
(旧人畜撲滅アンドロイド協会 生体改造研究会)
  


 





さわらび112巻へ戻る
さわらびへ戻る
戻る