僕が魔王になった日 アリス 「見事だ……勇者よ……」 僕は魔王を倒した。 剣が突き刺さった魔王を感慨もなく見つめる。僕にあったのは達成感なんかじゃなくて解放感だった。やっとこの旅を終えられる。 僕は死んだ魔王に近づき剣を引き抜いた。剣を抜くと魔王から黒い血が溢れ出した。あぁ、魔王が死んだ。むせ返るような血の匂いは僕に思い出させる。 弓兵は毒によって死んだ。 僧侶は首を切られて死んだ。 戦士は黒焦げになって死んだ。 魔法使いは槍で貫かれて死んだ。 ガンナーは踏みつぶされて死んだ。 死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。 気付けば僕はひとりぼっち。 僕はこれからどうしようか? 魔王を倒す、それだけのために強くなった。それ以上に失った。分からない。彼らはどうしたら報われるのだろうか? 僕はゆっくりと歩き出した。ただ王様に勝利を報告して、彼らを弔い、これからを平穏に暮らすために。 帰りでの戦闘は基本的に避けた。魔王に勝った僕に太刀打ちできる魔物なんてほとんどいない。ただ無意味に殺すのだけは避けたかった。そうすることで僕は安心したかったのかもしれない。 「さすが勇者様だな」 「勇者様のおかげです」 行く先々で飛び交う歓声。止めてくれ。僕を僕じゃなくするのは。僕は極めて冷静に感情を押し殺した。そうでもしないと僕が壊れてしまいそうだから……。 ふぅ、やっと王都に着いた。僕は一刻も早く勇者としての冒険に終止符を打つために城へと向かった。 城に向かう途中でも浴びせられる歓声。もう散々だ。僕は……何のために勇者になったんだろうか? 「勇者よ、貴殿の武勲を称える」 「それだけ……ですか?」 「いやいや、貴殿には褒美をとらせよう」 ここでもか……。僕は笑顔で応対する。王様は僕の顔 を窺うように提案した。 「勇者よ、後日貴殿の武勲を称えるパーティーを開こうと思うのだが?」 僕はこぶしをグッと握りしめた。 「王様、パーティーの方は辞退させていただいてもよろしいでしょうか?」 「どうしてだ?」 「少しの間、平穏に生きていたいのです」 「分かった。貴殿の願い、聞き届けた。だが困ったときは相談したまえ。私が力になろう」 「ありがとうございます……」 僕は王様にお辞儀をして、城から出た。 僕はすぐに走った。人のいない場所までわき目も振らず駆け抜けた。 「おえっ……」 そして僕は吐いた。どうして? みんなみんなみんな……。頭の中で声がこだまする。また吐いた。 僕はこれからどうすればいいんだろう? 僕はただ……ただ……。 僕は自分の吐き気が落ち着くのを待って歩き出した。ただ行く当てもなく、足を動かし続けた。 声が聞こえてくる。子供の声だ。声に誘われるように僕はふらふらと歩いた。 そこで僕は子供達が魔物を殺しているのを見つけた? どうして? 基本的にどんな魔物でも普通の人間では勝てない。まして子供ならなおさらだ。しかし魔物はただ子供達に叩かれて殺されていた。僕がどうしてと考えていると子供達はつぶやいた。 「俺達もいつか立派な勇者になろうぜ」 目の前が黒く染まっていくのを感じた。僕は崩れ落ちた。 ククッ、ワラエルナ。 だ、誰だ!? オレハオマエダヨ。 何言ってるんだよ? ホントハ、ウスウスキヅイテルンダロ? ……。 ダンマリカ。 ……。 ナァ、オマエハナンノタメニタタカッタンダ? ……。僕はみんなのために……。 ミンナッテダレダ? それはもちろん人類のために……。 アァ、アノクソヤロウドモカ。 そんなことない! 人類は……。 オマエダッテキヅイテンダロ? やめろ……やめロ……。 オマエノナカマニカンシャシテタヤツガイタカ? ……。 アイツラハケッカシカミテナイノサ。 ……。 ユウシャガマオウヲコロシタ。タダソレダケ。 黙れよ。もう黙ってくレ……。 ダカラオマエハアンナニオコッタンダロ? もう……止めテ……クレ。 オマエノナカマハムイミダッタンダヨ。 そんなコト……。 ミトメロヨ、ニンゲンハミニクインダ。 アァ……あァ……。 ニンゲンッテミニクイ。 「さようなら、ニンゲン」
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