馬鹿と天才は神一重 三話

クロ太郎

「カンナっ!昼餉を食しに行くぞ!」
「はいはい」
「はい、は一回だぞ!」
 新入してからのテストや身体計測、ガイダンス的な授業も終わり、学園生活が軌道に乗ってきたころの昼下がり。けだるい四時間目を乗り切った私たちは、昼休みに突入していた。
中学校から高校に進学して、給食というシステムがなくなり、新たに私たちの前に現れた、毎日のお弁当や学食、売店。はじめは、新入生たちも、未知の昼食形態に浮かれはしたが、三週間ぐらいたってみれば、どの人も自分好みの形に落ち着いたようだった。
教室でグループになって、弁当を食べる子たち。売店でパンを買って、外のベンチで食べる子たち。売店や学食の混雑を避け、あらかじめコンビニで買っておく子たち。私とノアは、学食で食べる形に落ち着いた。
パタパタと人が多い廊下をかけていくノア。
「今日は何を食べよっかなーー」
「走ると、コケるよ」
「我がコケるわけなかろう!!……あたっ!」
ほらみたことか。
何もないところで派手にこけたノアを助け起こす。
スカートについた汚れを払うついでに、けががないか確認する。よかった、すりむいてはいないよう。
むぅ。と膨らんだノアの頬を、ぷしゅっ、と押しつぶして、先を促す。
「早くいかないと、学食が混むよ」
「うむ……」
まだ、むすっとしているノアの手を引いて学食へ向かう。そんなに、こけたのが恥ずかしかったのだろうか。まぁ、確かに、コケるわけがないと言った直後にこけたのだから、さしものノアも、恥ずかしく感じているのかもしれない。……いや、これは拗ねているだけか。
私としては、別に学食が込んだせいで、昼食を食べ損ねる、という事態になっても、何ら問題はない。体にはよくないだろうが、その程度で不調をきたすような鍛え方はしてない。だから、ここで教室に逆戻りしたって、困らない。
問題は、ノアの方だ。

「やっぱり、混んでるね」
ノアの転倒で、到着が少し遅れた学食は、予想どおり大混雑だった。というか、予想以上の大混雑だった。
外まで続く長蛇の列の最後尾にノアの手を引いて並べば、前に並んでいるのは、知った顔だった。
「あれ、三刀屋さんと山田さん」
「綸漸院君と鈴木君も、学食なの」
同じ班の男性二人が、一緒に並んでいた。
「いや、いつもは売店で買ってんだ。けど、今日は売店が休みでさ」
売店でいつも昼食を買っていた人たちが、学食に流れ込んできたせいで、この大混雑。というわけか。
「三刀屋さんたちも?」
「いや、私たちは、いつも学食で食べてる」
「そうなんだ。あ、だったら、お勧めとかある?ほら、ここの学食、種類が多くて」
確かに、このトヲガエ学園の学食は、一高校の学食とは思えないほどに、メニューが豊富にある。前理事長の言葉で、「食の足らぬところに、学が足りるわけがない」というものがある。それにのっとって、味もよく、種類も豊富な学食を取りそろえたそうだ。
「私は、無難に、日替わり定食をお勧めする」
「んー、やっぱそういうのが無難だよね。山田さんは?」
そう言って、まだ私の後ろでぶすくれているノアをのぞき込む綸漸院君。
ぷい、と顔を背け、答えないノア。
「きちんと、返事しなさい」
お仕置に、ノアの両頬をひっぱる。真っ白いモチモチの頬を、うりうりと引っ張ってやる。
「いひゃい、いひゃいーー」
「ごめん。さっき派手にコケ……かけて、拗ねてるの。ほら、謝りなさい」
頬をつねられたまま、すこし涙目なノアが、今度は素直に謝罪する。
「ごめんなひゃいーー」
「別にいいよ、そんなこと」
ぽふぽふと、ノアの頭を撫でる綸漸院君。すぐに許してくれる、優しい人だったことを、感謝なさい。

「うぅ……」
少し赤くなった頬を、痛そうにさするノア。
私が説教をしていたため、ノアのおすすめを言う暇なく、近づいてきたカウンター。
せわしなさそうに働く、学食のおばちゃんが声をかけてきた。
「何を食べるんだい?」
「日替わり定食で」
「じゃあ、俺も」
「俺は……そうだな、ヘルシー定食で」
「はいはい、了解」
体形に気を使える俺って、罪な男…とつぶやいている鈴木君。どのへんが罪なのか、全くわからないけど、自分が楽しそうなので、放置する。
「で?ノアちゃんは?」
「…スーパーこってり豚骨ラーメンの大盛、チャーシュー&もやし増し増しで」
「はいよ!」
唖然として表情で、ノアを見つめる綸漸院君。そして、まだ、自分の世界から帰ってこない、鈴木君。
綸漸院君は、こんなメニューまである、この学園の学食のメニューの幅広さに驚いている、わけではない。
ノアの注文したもの、そのものに驚いているのだろう。なにせ、見た目だけ言えば、か弱い女の子。きれいな金髪に、澄んだ蒼い瞳。整った顔のパーツ、白く細い体は、まるで人形のよう、と言ってしまっても過言ではない。そんな女の子が、豚骨ラーメン大盛。しかも、トッピングを増していく。どんなひとが見ても、これはおかしい! と言いたくなるに違いない。もしくは、その残念さに、頭を抱えるかもしれない。
しかし、これがノアの平常運転。細い体のどこにこれほど入るのかわからないが、これだけ食べなければ、ノアは一日持たないのだ。
と、若干私でも、遠い目をしたくなるほどの、運ばれてきた巨大なラーメンを見る。これ、明らかに一人用じゃないよ、という大きさのどんぶりに、これでもかといわんばかりの量のチャーシューともやしが乗せられた、巨大なラーメン。むしろ、チャーシューともやしの塊。上に載っているものが多すぎて、もう、麺が見えない。
一方、当人のノアはというと、もう運ばれてきたラーメン(しかし、麺は見えない)に、目が釘付けになっている。さっきまで、拗ねていたことは、もう彼方へ忘れ去ったようだった。
「おばちゃん、おまけでメンマも増やしちゃったから、内緒にしといてね」
「ありがとっ! おばちゃん!」
いつの間に、ノアは、学食のおばちゃんと、そんなに仲良くなったの?

「やっぱり、座る席がないね」
料理の代金を払い、料理を受け取った私たちは、先ほどから学食内をうろうろしていた。
大混雑な学食は、注文を受け取ってもらうまでも長かったが、食事を受け取った後の席探しも長い。どこを見ても、空いている席が、見当たらない。
そろそろ、ノアの大盛豚骨ラーメンを持つ腕が、疲れてきた。重たい。
これは、ノアが、この超重量のラーメンを一人で運ぶには危なっかしいため、取った策だ。腕力がノアと比べて強い私が運べば、少なくとも、非力でおっちょこちょいのノアが運ぶよりかは、安全だ。特に今日は、人が多く、通路が狭い。もし、このラーメンをこぼしてしまったりしたら、大惨事だ。
しかし、なぜ、ノアは一人ではまともに運べない量を、ぺろりと平らげてしまうのだろうか。
「あ、あそこの一番奥!空いてるんじゃね?」
鈴木君の言葉で、思考の波におぼれかけた意識が戻ってくる。
鈴木君が指した方向は、この学食の一番奥まったところ。確かに、大きな机に、この四人が座るのに十分なスペースがある。
……違う。スペースが、ありすぎる。この混雑した学食において、不自然に人が座っていない。
「うむ。でかしたぞ、スズキ!」
しかし、そんな違和感に気が付かないノアは、止める間もなく、その机へと向かっていく。
いつもなら止められるのに、両手で持っているトレイの上に鎮座する特大ラーメンのせいで、思うように動けず、ノアの動きを止められなかった。
「――なんだ、サトウではないか! ん? 一人か?」
「あん? 一人だけど。文句あるの?」
「隣に座らせてもらうぞ! よいな?」
机に誰も座っていない理由は、ノアの言葉で分かった。確かに、この学校で数少ない、不穏な噂を持つ人が座っている机に、好んで座るような奇特な人間は、少ないだろう。
大きな机の端の席に座る佐藤さんが、不機嫌を隠しもせずに、ラーメンをすすっていた。
あたしは不機嫌だから、誰も近寄るんじゃねーよ。と、彼女の内心は、こんなところではなかろうか。
しかし、
「んなこと、勝手にしろよ」
「うむ! では、失礼するぞ!」
返答は予想外にやさしいもので、相席が許可された。
そういえば、先日の班の顔合わせの際にも、ノアは佐藤さんのことを、『いいやつ』と言っていた。ノアが、佐藤さんのどこに、善意を見出したのか分からないけれど、ノアが『いいやつ』というのならば、そうなのだろう。私が予想した佐藤さんの内心は、間違っているかもしれない。
「カンナ! リンゼンイン! スズキ! ここなら座れるぞ!」
佐藤さんの隣に、私の日替わり定食置いたノアが、手招きをした。
「じゃあ、行こうか」
少ししぶる鈴木君と、にこやかにほほ笑む綸漸院君に、そう、声をかけた。

佐藤さんは、私が運んできた特大ラーメンに驚いた後、席が交換され、特大ラーメンの前に座ったノアに二度驚いていた。
綸漸院君はもう慣れたようだった。
手を合わせ、いただきますを言った後、各々が自分の食事を食べ始める中、佐藤さんの正面に座ることになったノアが、ラーメンをすするのをやめて、声をあげた。
「サトウ、右の頬、どうしたのか?」
佐藤さんの右頬には、大きなガーゼが貼ってあった。けが、だろうか。
そして、すでにあれほど大量に載せられていた、チャーシューともやしがなくなり、ノアが麺に突入していることは、気にしないことにした。
「は? なんかあったとしても、アンタには関係ないでしょーが」
眉を顰め、そう答える佐藤さん。
確かに、私たちとは関係がないことなのかもしれない。だが、ノアの前に、そんな理論は通らない。
ちゅるちゅるっと麺をすすったノアは、しっかり咀嚼し、口の中のものを全て飲み込んでから、一度箸をおいた。そして、きりっとした表情(当社比。全く威厳はない)で、佐藤さんを指さした。
「関係なくないぞ! 我とお前は同じ班の仲間だ! いわば、死線を共にするもの! なれば、我が気を使うのは当然のことにして、自明の理! たとえ、カンナがけがしたとしても、それがリンゼンインであっても、スズキであっても、タナカであっても、我は同じように心配する!」
きりっとした表情(当社比)のまま言い切ったノアは、得意そうだった。
「ノア、人を指ささない」
「あ、ごめんなさい」
慌てて手を、膝の上に戻すノア。若干、というか、かなり手遅れだろうが。
佐藤さんの方に視線を向ければ、ぱちくり、と目を瞬かせていた。こういうのを、鉄砲玉に当たった鳩のよう、というのだったか?
「ごめんなさい、ノアが突拍子もないことを言って。それから、指さしたことも、重ねて謝罪する」
佐藤さんの視線がこちらに向けられる。
今度は、困惑しているようだ。
困惑した表情はわかるのだが、何に困惑しているのだろうか。
「……はん。別に気にしちゃいねぇよ」
やっと、いつもの、眉間にしわの寄った表情に戻った佐藤さんは、それだけ言うと、残っていた麺を勢いよくすすって、席を立った。
「いいか、これ以上アタシにかかわるな。うっとうしい」
そう、こちらを睨みつけて去っていく佐藤さん。
その後ろ姿に、ノアが「一気に食べるのは、身体によくないぞー」と、的外れな声をかける。
そして、最期の一口を、ちゅるり、と吸い込んだ。
あの特大ラーメンを、私が定食の半分を食べる間に、食べきったことに突っ込む人は、もう、ここにはいなかった。
綸漸院君は、もういろいろ、あきらめたようだった。

            *

アタシが、この学校の生徒と仲良くなることはない。
それが、本来こんなとこの学校に来る資格なんてなかったアタシが、ここで生徒をするための契約だった。
それに、今までだって、一度も、同年代と仲良くしたことなんてなかった。アタシのことを知ってるやつは、怯えるやつか絡んでくるやつか。その二つしかなかった。
だから、同年代の子にまっすぐ心配されたことなんてなかった。指さす程度のことを謝罪されたこともなかった。
そして、その初めてが、予想外に心地よいもので、驚いたし、困った。
ぐっ、と掌を握りこむ。
アタシは、契約の為に仕事をする。けれど、アタシの仕事は、ああいう子たちを守るためのものなんだと考えたら、少しやる気がわいた。
初めて、仕事に意欲的な気分になった。
さぁ、仕事に行こう。アタシは、アタシにできることをするだけだ。

            *

「カンナ! 今日は久しぶりに遊技場(ゲーセン)へ行こう!」
今日の授業がすべて終わり、SHRも終わり、放課後。
帰る準備を既に終わらせたノアが、私の机の前で催促する。
近くに、テストとか何かの行事もなく、用意しなければならないこともない。私たちは、部活には所属していないので、今日の放課後は、完全に自由だ。
「いいよ」
やった! と、歓喜の声をあげるノア。
ノアは、ゲームセンターで遊ぶのも好きだ。家で据え置き型ゲームをするのも、スマートフォンでソーシャルゲームをするのも、好きだ。ゲームと名がつけば、割と何でも好んでする。
確かに、最近は、新学期が始まったばかりで何かとあったから、ゲームセンターには行けてなかった。その分、新しい据え置き型ゲームに興じていたようだったっけど。そういえば、今朝、昨日そのゲームのエンディングを見たとか言っていた。するゲームがなくなったから、今日はゲームセンターなのかもしれない。
「小銭の貯蓄は十分か? ゆくぞ!」
わくわく感を隠しもしないノアは、うきうきと体を揺らしながら、教室を出ていく。
「じゃーね、ノアちゃん」
「かんなちゃんも、また明日―」
「うむっ! また明日! なのであるぞ!」
「ばいばい」
クラスメイトの子たちに手を振って、教室を出た。

トヲガエ学園から、最も近いゲームセンター。ここを利用するのは、やはり、トヲガエ学園の生徒が多い。
というか、争いにならないように、この学園都市内のほとんどの学園のそばにも、ゲームセンターや、学生が好んで使うものが準備されている。この学園都市内では、学校同士の対立など、ザラにある。ゲームセンターでであったが最後、乱闘が始まった、という過去の事件を、私は知っている。トヲガエ学園は、対立関係にある学園はないが、私たちも、昔から、よくここを利用していた。まぁ、トヲガエ学園の範囲には、あといくつかゲームセンターがあるから、そっちに行ったりもするのだけど。
トヲガエ学園初等部の、子供たち。中学生は、部活に行っている人が多く、姿はあまり見えない。高校生は、まだちらほら。それでも、結構な人数が、このゲームセンターにいる湯に見えた。
しかし、
「ん? 遊技場にしては、すこし静かなのではないか?」
そう、ゲームセンター特有の、活気というか、熱気というか。それが、今日はない。いつもは響いている、子供たちの笑い声も、リズムゲームにいろいろかけている人たちの立てる音も、聞こえない。確かに人はいるのに。
「あ、ノアちゃんとかんなちゃん」
近くにいた、なじみの店員さんが声をかけてきた。
「今日は、その……遊ぶのはやめた方がいいかもしれない。ガラの悪い人が、人気な筐体を独占しててね。子供たちも譲ってもらえなくて」
ちらり、とその人が視線を向けた先には、なるほど、確かに、全身で「自分ガラ悪いっすよ!」とアピールしている男たちがある筐体を取り囲んでいる。わざわざ、ツンツンと立たせた髪の毛は、目に痛い色に染められている。じゃらじゃらと音を立てるアクセサリー。もともと着崩した風の服を、さらにだらしなく着崩している。
わたしたちと同じ年代のように見えるから、学生なのだろうか。だが、もし学生なのなら、なぜ、わざわざほかの学校から遠いこのゲームセンターに来たのだろうか。それとも、制服を着ていないことから鑑みて、学校を中退して、なおこの学園都市に留まる路地裏の人たち、なのだろうか。
とりあえず、関わらないのが吉だろう。
ノアに、今日はもう帰ろう。と声をかけようとした。
しかし、視界の端で動く、小学生たち。怯えながらも、意を決したような表情で、彼らのほうへ近づいていく。
「あの! ボクたちにも、交代してください!」
そして、無謀にも、男たちに話しかけた。
店員の話から察するに、なかなか代わってもらえず、しびれを切らしてしまったのだろうか。しかし、あまりにも、無謀。隣にいる店員も、慌てている。
「あん?」
子供たちに向けられる、男たちの視線。お世辞にも、子供にやさしそうとは言えない目だ。
「見てわかんねぇ? 今、俺らが使ってんの。俺らのほうが強いんだから、俺らが使うのが正解なの。ガキはガキらしく、外で鬼ごっこでもしてろよ」
一番子供たちのそばにいた男が、そう答えた。
しかし、まだ食いつく子供たち。
「ボクたちも使いたいもん!」
「うっせぇな……だから、オレはガキって嫌いなんだよ。おい、あっち行け。邪魔だ」
取り合わない男たち。
あぶなっかしい子供たち。
止めに入ればいいのか。止めるのなら、いつがいいのか。止めに入ったら、あの男たちに自分が絡まれたりしないか。そういう不安から、周りにいる人たちも動けないようだった。
隣にいる店員も、見ていてかわいそうになるくらいオロオロしている。トヲガエ学園の周りでは、あまりトラブルは起きないので、こんな事態に出会うのは、初めてなのかもしれない。
「お願い! ボクたちにも、代わって!」
さらに一歩踏み出す子供たち。そろそろ、無謀を通り越して、愚かか。学校で、危ない場所と人には近づいてはならないと、習わないのだろうか。
「ねぇ、お願い!」
「うっせぇっつってんだろ!?」
子供たちの、代わってコールに、とうとう頭に血の上った男が手をあげた。
子供より、数倍体格のいい男が、その手で、小さな体を突き飛ばす。
子供が飛んでいく方向には、別のゲームの筐体。頭を打ってしまうかもしれない。
誰もが助けなければ、と頭でわかっていた。
けれど、身体はついてこない。
「危ない!」とか「きゃぁぁ!」とか、そんな声が出せただけ。
そんな風に、見えた。
しかし、私の隣にいた存在は、まるで、それが本能だったかのように、前へ飛び出した。子供と筐体の間に滑り込むように。
ノアが動くなら、私も動かなければならない。
そして、ノアが子供とぶつかる瞬間。
私は、ノアと筐体の間に身体を滑り込ませた。

「ノア、無事? どこも、打ってない?」
「う、うん」
「そこの子供は?」
「大丈夫、です」
勢いを殺して受け止めたから大丈夫かと思ったが、一応、無事を尋ねた。
ノアが無事なようでよかった。子供も、無事なようだし。
子供の友達たちが、わらわらとこちらへ集まってくる。周りにいた人たちは、まだ、遠巻きに見ている。助けたいのと、巻き込まれたくないのを天秤にかけているのだろうか。
「おい、嬢ちゃんたち。そこのガキ連れてどっか行け。俺らと遊んでくれるってのなら、別に良いけどよ」
床に座り込んだままの私たちを、上からのぞき込む男。ニヤニヤと口元をゆがませている。その男の後ろにいる他の男たちも、口々にしゃべりだした
「やっぱ、このゲーセン、もう俺らのもんにしようぜ。割と楽しめるゲーム多いし」
「いいじゃんいいじゃん。おい、そこの店員。ガキとか追い出せよ。邪魔だし、うっせぇし」
「ほかの奴らも出てけよな。痛い目見たもいいってのなら知らねぇけど」
「ま、俺たちだけが楽しめれば、いいってことよ」
ぎゃははは。と笑い声が静かなゲームセンターの中に響く。
やはり、ゲームセンターを出た方がいいかもしれない。ここにいれば、ノアに危険が及んでしまうかもしれない。
しかし、あぁ、無理か。横を見て悟る。
ノアが、覚悟を決めた目をしている。
男たちの言葉は、ノアの琴線に触れたようだった。
「なら、遊ぼう」
ノアが一歩を踏み出す。
「あなたたちが、独り占めしてるそのゲームで、遊ぼう
わたしが負けたら素直にここを出ていく。文句も言わない。でも、――――わたしが勝ったら、あなたたちが出て行って」
そう言い切ったノアを、男たちも、周りの人も、驚いた表情で見つめていた。
初めに、元の調子を取り戻したのは、男たちだった。
「嬢ちゃん。あんた、何言ったかわかってる?」
「俺たち強いよー?」
こちらに寄ってくる男たち。かばうためにノアの前に出ようとすると、ノアに止められた。
「もちろん、わかってる」
毅然とした態度で、自分より背の高い男たちを睨みつけるノア。
しかし、その腕は、微かに震えている。怖がっている。ノアは普通の女の子だ。何人もの男に囲まれて、怖くないことなんて、ないはずだ。
「でも、このゲーセンはみんなのものだ。貴方たちが独り占めして良いものじゃ、ない」
それでも、男を睨みつけるのは、譲れないものがあるから、だろう。
そのノアの手を握ってあげる。がんばれ、という思いを込めてぎゅっと握れば、握り返された。
「このゲーセンをかけて、私と勝負だ」
ノアは、まっすぐに男たちを見据えて言い放った。
                     続く
 





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