魔法少女ぱら☆いもーたる
ののの

『因果変換(あぽとーしす)! ぱら☆いもーたる!』
 リビングの液晶テレビで画面いっぱいに飛び回っているのは、絶対正義の魔法少女ぱら☆いもーたる、らしい。最近人気の少女アニメだ。知りたくなくても知ってしまったのは、テレビの前で跳ね回るバカ妹のせいだ。
「正義を守る正義の味方! ぱらさいもーたる行け―!」
「うるせぇソファで跳ねんな!」
 あんまりやかましいので一喝すると、「やべっ、バグ?」と口を押さえて固まっている。ヒーローごっこはいいが、もう少しおしとやかにしろよな。パステル調のパジャマははしゃぎすぎたせいか、裾がまくれてへそが丸見えだ。
「……おにいちゃんおにいちゃん、いつからいたの?」
「あ? お前が朝からぎゃんぎゃんうるせーから起きちまったんだろうが」
 そう言いながら、冷蔵庫から牛乳を取り出し一気にあおる。喉を一気に下りていく冷たさが、口を離した瞬間に脳天に突き抜ける。とりあえず目が覚めた。
「いや、いつからいたの? ていうか、聞いてた?」
「家じゅう響いてたっつうの。夜勤明けで眠いんだから起こすなよな……」
 やけにしつこく食い下がってくるバカ妹をあしらいながら、ふと頭に浮かんだ疑問を口に出す。
「つーかあれ、今日って何曜日?」
「……日曜日だよ、パライモやってんだから当然じゃん」
 おにいちゃん、ボケ始め? などと不機嫌に言い放つ妹には、髪くしゃくしゃの刑だ。振りほどこうともがいているが、力じゃまだまだ負けてない。多少の優越感を得て、バカ妹が跳ねていたソファに腰を下ろす。
「お前録画でも見てんだろ? このシーン俺見覚え有るぞ。あー今日のシフトいつからだっけ……」
 魔法少女の杖から光線が出て、群がる敵をなぎ倒す。『ぱら☆いもですとろい!』の声と共に吹き飛んでいく敵役が、いかにもな怪人ではなく、幼気な少女の姿をしているのは不思議だが、だからこそ見覚えがある。
「……ホントに?」
「ウソつくかよ。おんなじ奴ばっか見てねーで少しは別の奴にしろよ」
 ほらこの間の……と言ってみたが、どうにも思い出せない。確か妹が好きだった奴が他にもあったと思うんだが……あれ?
「おにいちゃん」
 いきなり背後から顔を両手で掴まれる。無理矢理上を向かされると、そこには妹の顔があった。
「な、なんだよ」
 いつも快活な笑顔の浮かぶ妹の顔は、無表情で固まっている。整った目鼻立ちも相まって能面みたいだ。若干の恐怖を感じて身をよじるが、首から上が動かない。
「私が見てるアニメって、何?」
「ま、魔法少女ぱらさいもーたる、だろ。そのぐらいは……」
 怒らせてしまったか。俺にとってはどうでもよくても、妹にとっては大好きなアニメだもんな。さすがにタイトルぐらいは毎日聞いてれば覚えてしまう。さっきもそう言って騒いでたしな。何とか機嫌を直してもらいたいが。
 俺の答えを聞いて、妹はしばらくうんうんと唸っていたが、やがて納得したのか、満面の笑みを浮かべてくれた。顔をぐっと近づけられる。唇同士が触れ合うほどに。
「マジ死ねよ粗製乱造(ガラクタ)」
 そのまま妹が腕を捻り、俺の身体だけが無様な噴水になったのが目に入った。


「何で上手く行かないかなぁ」
 水音の響く昏い地下室で、青白く光るモニターに文字が走る。モニターの前の椅子を軋ませながら、部屋の主はご機嫌斜めだ。
「カレンダー消して、シフト表は……どんなの? 見たことないから分かんないしー!」
 こんなもんでいいかな、言うが早いか、文字が滝のように流れるモニターに小さな小窓が開く。そこには、生活感あふれるリビングダイニングが映し出されていた。
「……あーダメ。あたしシナリオはダメなんだよぉ」
 曜日とか展開とか……ふつうそんなとこ気付く? と、誰もいない暗闇に話しかける。
「黙ってねーで答えろよおにいちゃん。……えーと〇二一号から一八四号」
 そう、闇の中には誰もいない。まともな人間など一人もいない。腐肉で出来た巨大な玉葱のような奇怪な肉塊が、表面に突き出たチューブと電極だらけの唇から無数のうめき声をあげるばかりだ。
「あーうるさい! 同じ寄生植物一株なんだから口一つでしゃべれよ! 鬱陶しいんだよ!」
 部屋の主が張り上げた声にも負けず、くぐもった声の大合唱は続く。一つの口には一つの脳、それぞれに独自の思考があるからだ。大体は、甘い夢心地を中断させられたことによる不満だが。その夢を電脳世界に創りだし、生きた脳髄と電極接続して閉じ込め、魔力溶液で生命維持している張本人は頭を掻き毟り、苛立ちを募らせる。
「……もういいや」
 ふっと、憑き物が落ちたように可愛らしい笑顔を見せると、部屋の主は椅子ごと肉塊に向き直り、だらりと伸ばした腕を無造作に薙いだ。
 瞬間、肉塊が炸裂する。粘ついた液体が顔と言わず体と言わず飛び散り、猛烈な腐臭が立ち込める。それを意に介することもなく、悠然と血肉の池に踏み込み、目的の肉片を掴みあげる。
「おにいちゃんが死なないなのは、あたしのおかげ」
 その肉片は、さっきまで兄として妹を諫めていた人間の脳髄だった。
「だからおにいちゃんが死ぬのは、あたしの気分次第。理解した?」
 じゃあバイバイ、と呟いて、蠢く唇にキスをした。肉片は急速に膨張を始め、少女が床に放り出す頃に爆裂した。
 それは、さっきまで妹としてアニメに夢中になっていた女の子だった。
「ぱらさいもーたる計画」
 アニメの魔法少女は、正義のヒーロー。魔法少女の彼女は、正義の味方。
 魔法少女は正義執行のため、悪を滅ぼすのが使命であり、そのための精神エネルギーは、誰かへの愛を源とする。しかし、とかくこの魔法少女は愛されない。悪を熱線で蒸発させ、魔法の杖で悪を殴殺し、悪の根城を念動力で捻り潰し、魔獣を使役し世界を駆けるからだ。悪とその味方は、正義ぶってる他の魔法少女(メスブタ)と狂ったように応援する大きいお友達(オスブタ)は、根こそぎ殺らなきゃいけないのに。
「もうちょっとなんだけどなぁ……。とりあえず気分転換に素材集めに行こうかな」
寄生生物(パラサイト)・不老不死(イモータル)計画。半永久的に兄弟愛の精神エネルギーを供給する永久機関の完成に向けて、彼女は駆けだした。
『ゴミ出しの時間だよっ』
 部屋に響くアラート。「ちょうどいいや」と彼女は呟く。
血まみれの白衣を脱ぎ棄てて、勝負服を魔法で編んだ。瞬時に纏った血まみれのフリルドレスに、紅く染まった白いステッキ。主の突進に部屋に蠢いていたほかの肉塊が、身を捩って道を開ける。
「待ってておにいちゃん、愛してる!」
 心にもない愛の言葉と共に、魔法少女は出撃する。
魔法少女、略して魔女は、自分と自分の正義のため、おにいちゃんに夢を創り与え続けるのだ。
「私の殺戮(かつやく)、見ててよね! 献体(おうえん)よろしくお願いしまーす!」
〈了〉



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