幻獣の森
秋野 優

「……ここはどこだろう」
 周りに見えるのは、木、木、木。生い茂る葉のせいで随分と薄暗い。もうこの森に入ってからすでに数時間は経ってしまっている。
「はぁ、どんだけこの森広いんだよ」
 右手に持ったナイフで目の前の邪魔な枝を切り払う。森の中に入るからと着てきた肌の出ない服が蒸し暑くて余計に苛立ちがつのる。
「あのジジイめ、まさか嘘を教えやがったんじゃないだろうな」
 俺がこんな所にいるのは、街で聞いた一つのうわさが原因だった。 
 曰く、東に二時間ほど行った森の奥深くに数多くの幻獣の住む楽園があると。
 曰く、その森の木々はすべて翡翠の葉、トパーズの幹を持ち、そしてその樹液はいかなる傷をも治す霊薬であると。
 曰く、そこには一人の守り人がいて、森を侵す不届き者から幻獣たちを守っていると。
 その話が本当ならばそこはまさに宝の山だ。宝石でできた木とはどれほど美しいものなのだろうか。そこに住むという幻獣たちはどれほどの感動を俺に与えてくれるのだろうか。そんな幻獣たちを守る守り人とはいかなる存在なのか。
 そのどれをとっても、俺の冒険心に火をつけるには十分すぎた。気付いた時には、話を聞かせてくれた老人に幾らかの金をたたきつけ、足早にそこを後にしていたのだった。
「そうやって、意気揚々と森に繰り出してきたんだけどなぁ。何時まで経っても宝石の木の影すら見えないし。小鳥一匹いない」
 ぶつぶつ文句を言いながらもひたすら森の彷徨っていく。森に入ったのは昼飯を食ってすぐだった。それから三、四時間は少なくとも経っている。早く開けた場所を見つけないと野営することすらできない。
 俺がやっと寝床になるような場所を見つけたのはそれから二時間後のことだった。
 その時には太陽はもうその半分が隠れてしまっていた。慌てて野営の準備を整える。背負っていたリュックサックから寝袋を取り出し、途中拾っておいた薪をその横に重ねた。小瓶を取り出し中身の液体を少し薪の上へとかけた。途端に勢いよく炎が立ち上がる。小瓶の中身はサラマンダーの血液。空気に触れると急激に温度を上げるこれは冒険をする上で非常に役立つ。それなりに値の張るものなのだが、背に腹は代えられまい。何と言っても……
「寒い!! 日が暮れたとたんに寒くなりやがった。何なんだこの気候は」
 太陽が出ている時は暑いくらいだったのに、今や震えるほどの気温になっている。目の前の焚き火に薪を放り込んで炎を大きくする。少しでも暖を取らないと冗談抜きで凍死しかねない。寝袋に入り込み、肩から上だけをそこから出す。
 煌々と燃える炎がゆらりゆらりとその色と形を変える。赤からオレンジ。オレンジから青。青からまたオレンジ。疲れからか何だか眠たくなってきた。
「こんな所は早く出ていくに限るな。明日、日が昇ったらすぐに帰り道を探そう。そうだ、それが……良、い」
 俺の意識はそこで途絶えた。


 ふわふわと浮かぶ意識。ふらふらと現実と夢の狭間を行き来する心地よい感覚。頭の片隅で『早く起きなければ!!』と理性がわめく。一方で『まだ眠たいよ』と本能が甘くささやいている。
 そんな時、左腕へと鋭い痛みが走った。その刺激は寝ぼけていた意識を強制的に覚醒させる。反射的に右手が動き、地面に刺していたナイフを引き抜いて左へと投げる。キンッと短い金属音。弾かれたらしい。
 寝袋から跳ね起き、そこを離れた。同時にナイフの投げたほうへと目を向ける。そこにいたのは白銀の毛並みに美しい黄金色の角を持った馬だった。彼はその紺色の瞳をこちらへ向け、静かにそこに佇んでいた。そのわきには先ほど投げたナイフが転がっている。
「おいおい、マジかよ。ユニコーンだと」
 幻獣ユニコーン。五大幻獣と呼ばれる実在すらも疑われる幻獣の内の一体だ。その気性は荒く、額に生えた鋭い角はユニコーン自身の突進力と相まって、貫けぬものはないと言われている。
「あぁ、俺死んだかも」
 思わず泣き言が出てしまった。ユニコーンは俺から視線をそらすことなく、ただそこに立っている。ただそれだけなのに、俺は動けなかった。目をそらすことさえできなかった。もし動こうものなら、その瞬間に腹が貫かれる。そんな未来がはっきりと想像できた。

 そうやって睨み合って、どれほどの時間が過ぎただろうか。お互い一歩も動かない。俺の足元にはいつの間にか赤い水たまりができていた。左腕の傷から流れた血だろう。このままの状態が続けば先に倒れるのは俺の方だ。
 どうせ死ぬのなら、一か八かほんのわずかな可能性にかけてみようか。そう考えていると、ユニコーンの後ろの木が揺れた。俺の頭に最悪の考えがよぎる。もう一体現れたか、と。
 しかし、そこから現れたのは俺と変わらないくらいの年の女性だった。不思議な女性だった。背中の中ほどまで伸ばされている髪はこの瞬間にもその色が揺らぎ、変わっていく。まるでシャボン玉を見ているかのようだった。
「こんな所にいたのね。駄目じゃない。こんな遠くまで来ちゃ」
 彼女はそう言いながらユニコーンの首筋を撫でる。ユニコーンは気持ちよさそうにそれを受け入れていた。信じられなかった。
「アンタ、何なんだよ」
 気付けばそんな言葉が出てしまっていた。その声で女性は初めて俺の方へと目を向けた。小さく首をかしげる。
「あらあら、珍しいですね。森の中に人がいるなんて。それにどうやら、怪我をされているようで。大丈夫ですか?」
 女性が俺の方へと近づいてくる。彼女の手が左腕の傷へと触れた。走り抜ける激痛に体がはねる。改めて見てみると、綺麗に傷が左腕を貫通している。
「痛いんですか?」
「痛いに決まってるだろ」
 女性が目の前に立ったことでユニコーンが見えなくなったからか、やっと体が動くようになった。取りあえず、止血をしなければなるまい。そう思って、服の袖を引きちぎる。
「何をなさっているので?」
「これで腕を縛って、出血を止めるんだよ。そうしないと死んじまうからな」
 肩の辺りをきつく縛った。何とか出血の勢いが弱まる。これですぐ死んでしまうということはないだろう。二度と左手は動かないかもしれないが。
「治さないのですか?」
 女性は小首を傾げる。何だか先ほどから会話がかみ合ってない気がする。
「治せる訳がないだろう。貫通してるんだぞ。治せたらいいなとは思うけど。て言うか、あんた誰だよ」
 だいぶ落ち着いてきたらしい。頭が回るようになってきた。
「私ですか? 私はルーナミリア・プロテル。この森の守り人をしています。ルーナと呼んでください」
 女性――ルーナはニコリとほほ笑む。守り人。昨日、町で聞いた話が思い出された。幻獣たちを不届き者から守っている守り人、その噂を。
 しかし、その物騒なイメージと目の前の彼女がどうしても重ならなかった。彼女は華奢で、手負いの俺ですら彼女に負けることなどないと思える。
「あなたは何というのですか?」
「あ、あぁ。俺はファンクス・クルライド。世界各地を巡る旅をしている。その過程で幻獣の森の噂を耳にして」
「成程、つまりはお客さんと言うことですね」
 彼女がそう言った途端、周りの景色が一瞬にして変わった。まず感じたのは先ほどまでとは違った明るさだった。無意識のうちに上へと視線を向けると、透き通った薄緑色の葉を通して光が差し込んでいる。一陣の風が吹き抜け、一枚の葉が俺の元へと落ちてくる。太陽に反射してキラキラと光る。翡翠の葉。その葉を追いかけて視線が自然と下がっていく。次に目に入ったのは黄褐色に煌めく幹だった。その中を液体が縦横無尽に走り抜けているのがよく分かる。トパーズの幹。
 ガサリと足元から音がした。目を向けるとそこには尻尾に火を灯した小さな紅いトカゲがいた。サラマンダーだ。その時初めて、周囲に生物の気配が溢れていることに気が付いた。少し離れたところでは先ほどのユニコーンが足を折り、まどろんでいる。もう一度空を見上げれば、ペガサスのつがいが寄り添いながら飛んでいた。噂にたがわぬ光景がそこにはあった。
「ようこそ、幻獣の森へ。ファンクス・クルライドさん」
 そこはまさしく楽園だった。


 それから、俺はルーナの案内で森の奥へと進んでいった。彼女の隣にはユニコーンもいる。
「ファンクスさん。傷の具合はどうですか?」
 ルーナが振り返りながら、俺に尋ねる。
「お陰様で回復へと向かってるよ」
 宝石の木の樹液は如何なる傷をも治す。この噂も本当だったようだ。あの後、ルーナは近くの木から樹液を採取し、俺の傷口へとかけた。それから傷口の時間が巻き戻るかのように傷がふさがっていっている。ルーナ曰く、一週間もすれば跡も残らず完治するらしい。それまで彼女の家を寝床として貸してくれるとのことだ。
「それは良かったです。いくら見慣れない人間がいたからって何もしていないのに傷つけるのはいけないことですからね」
 にっこりと笑うと前へと向き直り、歩みを進めるルーナ。後ろから見るとやはり不思議な女性だ。髪の色もそうだが、雰囲気がおかしい。まるで――
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。あとどれくらい歩くんだ?」
「そうですね。五分ほどでしょうか。お暇なんでしたら、先にここでのルールについてお話ししておきましょうか」
「ルール?」
「ええ、ルールです。ファンクスさんには基本的にはご自由に過ごしていただいて構いません。幻獣たちと戯れるもよし。美しい風景を目に焼き付けるも良しです。ただし、三つだけ守ってもらわなければならないルールがあります」
 俺に背を向けたままルーナは続ける。
「その一、幻獣たちを傷つけてはならない。その二、ここにあるものは何一つ持ち出してはならない。その三、ここでのことを一切他言してはならない。ここは幻獣たちの楽園です。守り人として彼らを脅かすようなことを許可する訳には参りません」
 いくら見た目が華奢でも彼女は守り人だということなのだろう。その声には思わずたじろいでしまうほどの迫力があった。
「分かった。約束するよ」
「ありがとうございます。これで心置きなく我が家にお招きできます」
 それからルーナの家に着くまで、彼女は俺にその表情を見せることはなかった。しかし、俺は彼女が笑っているものだと信じて疑わなかったのだった。


 ルーナの家は彼女の言葉通り五分ほど歩いたところにあった。その白い家は宝石などでできているわけではないらしく煌めきこそはなっていなかった。しかし、その色は何故か親しみを感じるもので、木々とは別方向で美しいと言えるものだった。
「どうぞ、入ってください。何も無くて恥ずかしい限りなんですが」
 彼女に続いて家の中に入ってみると、確かに必要最低限の家具しか置いていないように思えた。あるのはベッドとタンス、テーブルとイスくらいだ。
「ファンクスさんの部屋は隣です。申し訳ないんですけど、ベッドしかなくて……」
「あぁ、気にしなくていいよ。ベッドがあるだけでもありがたい」
「そう言ってくれると助かります。そこに座っていただけますか? 傷の手当てをしますので」
 彼女は椅子を指さして、タンスの方へと歩いて行った。血が止まっているので忘れていたが、未だに左腕に穴が開いているままだった。大人しくイスに座る。このイスも家と同じ素材でできているらしく、白を基調としたデザインだった。
「お待たせしました。左腕を出してください」
 持ってきた救急箱の中から包帯を取り出す。
「あぁ、頼む」
 彼女に左腕を差し出すと、その上から包帯を巻いてくれる。その手つきはなかなか堂に入ったもので、こんな風に幻獣の治療を行うことがあるのかもしれない。
「はい、終了です。これからどうなさいますか?」
 ルーナがタンスに救急箱をしまいながら尋ねる。幻獣の森に来たからには幻獣が見たい。そうルーナに言うと、彼女は微笑んでうなずいた。
「そう言ってくださると、私もうれしいです。家族に興味を持っていただけるというのはこれほど気分がいいものなのですね」
 彼女はベッドの脇に立てかけていた杖をと手に取り、ドアへと向かう。
「幸いにしてこの森はとても広いです。これから一週間、ファンクスさんを暇にはさせないと約束します。さぁ、行きましょう」


 その日からルーナは毎日、俺を森の至る所に連れていき、幻獣に会ってはその説明をするようになった。勿論、彼女だって案内だけをしているのではなく幻獣の世話も同時に行っているのだが。むしろ、世話ついでに俺の案内をしているといったほうがいいのかもしれない。
 守り人の仕事には俺のような森の外からやってきた人間から幻獣を守るだけでなく、幻獣の体調管理や、縄張りの調整、喧嘩が起こった際の仲裁まで含まれるらしい。もっとも、ほとんど喧嘩なんて起こらないらしいが。
 そして五日目の今日はルーナの家から北に三キロメートルほど離れた場所を散策していた。
「さて、ここが最後でしょうかね。ここには気性の大人しい幻獣たちが多く生息しています。ドラゴンやフェンリルなどの天敵の縄張りからも離れていますので非常に人懐っこい子たちばかりですよ」
 その言葉に俺は少しばかり残念に思ってしまった。これまでに見たドラゴンやフェンリル、シーサーペントに比べるといささか物足りなく思ってしまったのだった。
「うふふ、不満そうですね」
 顔にも出てしまっていたのだろう。隣を歩いていたルーナに笑われてしまう。
「まぁ、正直に言うとちょっと」
「確かにここにいる子たちは迫力には欠けるかもしれませんが、十分お楽しみいただけると思いますよ」
 そう言って、ルーナは進んでいく。しばらく歩くと彼女が立ち止ってある一点を指さした。
「あの木の上に泊まっている鳥が見えますか?」
 彼女の指さすほうを辿っていくとそこには一羽の真っ赤な鳥が止まっていた。その羽毛は燃え盛る炎の様に揺らめいている。いや、あの羽は実際に燃えているのだ。その炎は永久に消えることはない。その涙は傷をいやし、その血はひとたび口にすればその身を不老不死とする。
「あれがフェニックスです。その涙はどのような傷でも一瞬でいやし、その血は不老不死の妙薬となります。中でも有名なのは冒険王トラガルーの友となり数々の偉業を共に成し遂げたことで――」
 その先は聞かなくとも知っている。冒険王トラガルー。この世界の三分の一は彼が初めて立ち入り、調査した土地だと言われている。その相棒と言われているのがフェニックスのアルルだ。トラガルーの窮地を何回も救い、いくつもの偉業を成し遂げてきた。最期はドラゴンとの戦いにおいて命を落とした彼のために自らの命を燃やし尽くし、彼を生き返らせたといわれている。
 彼らの冒険譚ならばそらんじることさえ出来る。何百何千回と読み返したのだから。俺の冒険のルーツそれがトラガルーの冒険譚だった。彼に憧れ、彼が見た景色を見るために、彼と同じように冒険王と呼ばれるために、俺は家を飛び出し世界各地を巡ってきた。その憧れに連なるものが目の前にいるのだ。
 体中を興奮が駆け巡っていた。同時に思う。――これからの俺の冒険の傍らにフェニックスがいたらどれほど素敵なことだろうと。
「……さん。ファンクスさん。大丈夫ですか?」
 興奮のあまり、ルーナの話を聞いていなかったらしい。こみあげてくる笑みを押し殺しながら、平静を装う。
「あぁ、大丈夫。何の問題もないよ。さぁ、次に行こう」
 ちょうど良いことに、明日はルーナ居ないんだから。


 隣の部屋からがさごそと言う音が聞こえる。どうやらルーナが起きてきたらしい。しばらくするとドアが開く音が聞こえ、ルーナが出て行った。それを確認してからベッドを抜け出す。
 当たり前のことだがルーナだって霞を食べて生きている訳もなく生きていくためには食事が必要になる。と言っても、この森の中だけでは十分に食糧を得られない。そこで、彼女は一か月に一度、町に買い物に行くことに決めている。そして、今日がちょうどその日という訳だ。つまりは、今日ルーナはこの森にいないということになる。
「待ってろよ。フェニックス」
 家を出て、昨日の記憶を手繰りながらフェニックスの住むエリアへと向かう。背中にはリュックサックを背負っている。この一週間でこの森の構造は分かった。今の俺なら一人でもこの森を抜けられるはずだ。
 フェニックスを連れてこの森を抜ける。そして世界を巡る冒険に戻るのだ。そう、冒険王トラガルーの様に。
 最初にルーナに言われた言葉がよぎるが、意識して無視することにする。彼女は今日この森にはいないのだ。いないのにどうやってルール違反がどうか判断するというんだ。そう頭の中で唱え続けた。

 果たして、昨日と同じ木の上にフェニックスは変わらず佇んでいた。
「フェニックスよ!! 俺と一緒に冒険の旅に出てくれないか!! 俺には君の力が必要なんだ!!」
 『トラガルーの冒険譚』第二章、三節、四十五行目をそのまま引用する。フェニックスはこちらをチラリと一瞥するが、すぐに顔をそむけてしまった。
 まるでお前になんか興味はないとでもいうように。
 幻想と現実の格差。そんなことは分かっていたはずなのに、俺の頭には急激に血が上ってしまった。気付いた時には、懐に忍ばせていたはずのナイフがフェニックスに向けて投げられていた。
 しまった、そうは思うものの一度放たれてしまったナイフは止まることなく真っ直ぐ飛んでいく。そして、フェニックスの羽を切り裂いた。

「ルール違反ですよ。ファンクスさん」
 後ろから声が聞こえる。コツコツと足音が近づいてくる。後ろが、ふり向けない。
「ルールその一、幻獣たちを傷つけてはならない。守れない人には、お仕置きですよ?」
 後ろから抱きしめられる。風が吹きぬけた。虹色の髪が俺の頬を撫でる。華奢な両の手が首に巻き付けられる。爪が首筋をなぞる。手足の先から血の気が引いていく。手の、足の、腕の、太ももの、肩の、腰の、胸の、首の感覚がなくなっていく。
「さぁ、お仕置きの時間です」
 そんな声が聞こえて俺の意識は暗転した。


 目を覚ました俺の視界に移ったのはキラキラと輝く翡翠の葉をバックにしたルーナの笑顔だった。
「おはようございます。ファンクス・クルライドさん」
 いつもと変わらぬ笑顔だった。
「ここは幻想の森の最奥です。ファンクスさんに唯一案内してない場所ですね。良かったですね。これで全部回り終えましたよ」
 彼女は微笑む。少しも歪まぬ笑顔で。ただ、ただ微笑む。
「まったく、あれほどルールを破らないように言ったじゃないですか」
 起き上がろうとして両手両足が鎖が絡みつきその端が近くに木に固定されていることに気付いた。
「駄目ですよ。これからお仕置きなんですから。逃げようとしちゃ」
 その時、地面から何かが近づいてくる振動を感じた。しかも、複数。のどがからからに乾いて声が出ない。
「俺をどうする気だ」
 かろうじてこれだけをひねり出した。
「さっきから、言ってるじゃないですか。お仕置きですよ。ほら、来ましたよ」
 ルーナの顔が俺の頭上からのく、そこに移ったのは数匹のドラゴンが上空を飛び交う光景だった。おどろおどろしい雄叫びが俺の体を震わせる。
 振動が俺の顔の横で止まる。こわばる体を無理やり動かし、そちらに目を向けるとそこには白銀の毛並みを持つ大狼、フェンリルがいた。顔の上によだれが垂れる。
 足元から何かが這ってくる。冷たい。とても冷たい。足が冷たくなっていく。石になっていく。蛇の王、バジリスクがそこには絡みついていた。
 森の方から一羽の鳥が飛んできた。その真っ赤な鳥の羽は炎となり揺らめく。その炎は正義の炎。悪しきものだけを燃やし尽くす。俺の左腕に止まったフェニックスの炎は俺の腕をちりちりと焦がしていく。
「さぁ、みんな。お仕置きしてあげてください」
 そんな声が聞こえた。






 三日後、ルーナミリア・プロテルの家には真っ白な椅子が一脚増えた。





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